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不謹慎な経済学  講談社BIZ

不謹慎な経済学(講談社) 田中 秀臣著
税込価格: ¥1,365 (本体 : ¥1,300)
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出版 : 講談社
サイズ : 19cm / 230p
ISBN : 978-4-06-282081-3
発行年月 : 2008.2
利用対象 : 一般

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内容説明

パリス・ヒルトン、天下り官僚、オーラルセックス、格差問題、テロリスト、オリンピック、ツンデレ萌え、そして日本銀行…。知恵と笑いと毒ですべての問題をズバリ解き明かす新しい経済学。

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コメント・書評

テロ、官僚、利子といった3悪?への理解がスゴイ!
T.コージ
Jan 16, 2009 4:03:19 PM
評価 ( マーク )
★★★★★

●リフレ2%の真実とは
 リフレ派が主張する2%のインフレターゲットの根拠はホントのところ何なのかと思っていたら、それは日銀が金融政策の根拠にするCPI(消費者物価指数)にもともと誤差?があるということだった。
 単なる経済規模(量質ともに)の現状維持ならば自然的なロスを勘案して成長率ではGDPで2~4%の拡大再生産が必要か?などと考えていたのだが。金融政策を根幹として算出される数値としては2%程度のインフレ率が適正となるようだ。
 CPIには上方バイアスがあり「実態よりもインフレ気味に出る」という指摘はあまりにも貴重。この認識がなければ、日本の現況に関してラジカルな分析はできないようだ。
 
 中央銀行(日銀)による利上げ(利下げ)が0.25%単位という世界で、CPIの2%に近い数値の違いに著者は激怒している。本書は、こんなに明白なそれでいて市井の人間にはほとんど関心がないようなところを鋭くえぐりだしている内容が満載だ。
 
●テロの理由とか
 著者は「組織(宗教的あるいは政治的な組織)や国家へのコミットメント」がテロの理由の鍵になる…とクリューガーの指摘を紹介。「テロ志望者は」「彼ら自身の利己的な動機(お金や出世など)には関心を払わない」とし、利己的なものより「テロ組織やテロ国家の使命に忠誠心を持つがゆえにテロに走る」のだという。著者が期待し、また自身もそうであろうとする「お金がすべて的経済学とは違った経済学」による分析だ。
 
 このような<非利己的であること>や<忠誠心を示すこと>とは本質的に何を示しているのか? これらは共同体への帰属意識の発現であり、前者は共同性へのスタンスを後者はそのことによる自己認知へのオーダーを示している。前者が規範となり、規範を守ることによる後者の発現というのは、そのまま共同体と構成員たる個人の関係(フィードバック)を示しているワケだ。テロに関していえるのは、常識や一般社会という緩い共同性ではなく、共同体への帰属意識(根源的には自己認知への願望が対象化したもの)が生存への欲求を超えている、ということにつきるだろう。
 
 911をはじめとするテロに対して、著者は「相手の立場になることで対処しよう」という。相手の立場になる…それはコミュニケーションの目的であり本質であるはずだが、それがテロつまり最も敵対する相手への対処方法でもあることが示されている。テロに対して報復を叫ぶわかりやすいヒステリーに対して「相手の立場になる」という当り前のことを述べるのが<不謹慎>とされるならばこそ本書は読まれるべき必読の書だ。
 
●官僚、談合、
 経済学の認識では「天下りは市場と折り合いをつけている合理的なシステムである」と紹介し「官僚の天下り、本当は正しい!」とタイトルされている。
 
 実をいうと談合でも似たようなことがいえると思う。
 以前、某唯一前衛党を自認する正統?左翼政党が機関紙で「談合は正しい」と書いていたことがあった。単なる競争入札だといちばんコストが安いところが落札するが、コスト圧縮を略れるのはスケールメリットや技術力のある大手だけであり、ひとり勝ちが続いてしまう。談合による弊害は申し合わせて落札コストを吊り上げることだが、それ以外では弱小企業にも必ず仕事が回ってくるという互助的あるいは協同組合的な意義があった。完全自由競争では強者のひとり勝ちになるために、将来にわたって勝てそうにない弱者にとっては救済策というセフティネットが必要だが、いい意味での談合にはその必要がない。事業の規模などに応じて「今度は小さいところでやりましょう」などと仕事が回されるからだ。これは公共事業でなくとも民間企業のいくつかの入札に関わったりすると見聞できる事実でもあった。経済的に余裕があった時期には出入りの企業それぞれに満遍なく仕事が回されていたのだ。
 
 誰でも自己の能力とその成果を正当に評価されるのは生きていくことの大前提であり希望だろう。官僚においてのそれは何なのか?が問題なのであって天下ることや再就職の後の報酬額が問題なのではない。かつて宮台真司が官僚への認知とモチベーションを保証するものが必要だと主張していたが本書でも同じことが経済学的に指摘されている。
 
●無様な現状のラジカルでシンプルな原因は
 「日本の長期停滞は総需要不足が原因だ」という指摘がラジカルだ。こんなに当り前の主張には誰も反対できないばかりか、経済の原理はこの一言に尽きる。需要の無いところに供給はないし生産も無い、つまり仕事も無く給料も無い…極論すればそうなる。
 しかし著者がオリジナルであり優れているのはそういう真理をシンプルに説明できるからだけではない。この「金利」や<利回りによる利益>追求も需要として認め、それらを加えて「総需要」としているところがスゴイのだ。日本の学者としては。
 残念ながらアングロサクソン云々とされる国家やG8加盟国つまり先進国ならば当然であるこれらの認識が日本では決定的にバイアスを加えられたものとなっている。投資家の利益の一端である配当利回りを認めず、グローバリズムを鬼畜米英並に認識している限りでは宮台のように<日本は民度が低い>と言わざるを得ない。わかりやすく言えば小泉-竹中による構造改革が格差を生んだと考えるようなスタンスには、とうてい利廻りや投資が需要だという認識は持てないだろう。
 
 イギリスは産業の進展の結果、ロンドンが金融センターとなった。そして<利子>を源泉とする金融立国ならではの国家ブランディング(国家の信頼の周知)を戦略としている。<市場>という<関係>において<支払い保証>は<信用>や<信頼>そのものだからだ。もはや物質ではない経済関係が実態としてそこにはある。個人でいえば<愛>や<心>に基づく(基づける)関係であり、成熟した社会や国家の姿だといえるかもしれない。
 
 イスラム教はロゴス(成文として)によって利子を禁じたが、日本人はKYによって利子(投資)を禁じているようなものだ。イスラムは利子の代替として貸し付け使用料を獲るが、日本は清貧というカスミでも食わせるのかもしれない。さすがスピリチャルばやりの国だということか。統制3法による戦前からの支配体制は構造改革で崩壊しつつあるが、明治・大正時代の浪いと恋愛の自由闊達な精神はいつ復活する(しない)のだろうか?
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