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コメント・書評 |
道の後先
空蝉
Nov 13, 2008 9:04:51 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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よく「子供は大人が思うほど子供ではない」というけれど、本当だろうか。子供はいつだって背伸びをしたがる。大人の期待に応え、周りに褒められることに必死になるし、自分の弱みを見せずに窮屈そうに平気を装う彼らは毎日自分の中に何かを溜め込んで黙って底に立っている。 けれどそれは必死煮の抵抗。きっと彼らは大人が思うほど子供ではないけれど、自分で思うほど大人でもないのだ。
本編は3つの「道」を表題に冠した短編集だが、道そのものというよりは通過儀礼とでも言うべき一つのターニングポイントとなる短い旅と、新たに始まる旅への物語だ。 相談したり頼ったり、手を引いてもらったり・・・そうした素直さやはけ口を持てない「大人びた彼(女)ら」は、ここではないどこかに助けを求めて逃避する。 それは家出という逃避行であったり、諦めという己からの逃げだったり、八つ当たりだったり、その逃げ方は様々だけれど、彼らはいつだって助けを求めて叫んでいる。ただその求め方が不器用なだけだ。
こと、他より少し頭の良い子なんていうのは特に孤独を感じてしまうもの。 弁が立つから人に意見をさせないし、頭が良くたいていのことは出来るから羨望と妬みの両方をくらう、大人からは「安心」という過剰な期待と放置もされるだろう。けれどそうした全てが彼らを孤独にしていることに、私たちは気がついているだろうか。 だから、この3つの物語に小さな光と道しるべを見つけて欲しい。
本書のようにそれは友達か先生かもしれない。自分のために泣いてくれた親友、いつか必ず平気になると安心を約束してくれた講師、自分の持っているもの全てを投げ出した友達。 「それが出来るような人間が、この中に何人いると思う?」 そう問いかけた先生の言葉が胸に染みる。これを読んでいる人の中に一体、何人いると思う?そう聞こえるから。
行く道は違うかもしれないし歩むペースもきっと遅かったり早かったり、歩調なんて合わないかもしれないけれど、彼らは同じ未来を目指し、いつか追いつき共に歩める日が来ると知っているから、今は一人で歩んで行ける。 私ではない誰かへ、全身で力を注げるということ、それが彼ら自身の大きな力となるのだと私は信じてみたい。 |
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