コメント・書評 |
事実ではなく真実に優しい証明
空蝉
Oct 21, 2008 9:45:03 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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今やドラマにも映画にもなりすっかり有名になった物理学科助教授、探偵ガリレオ、湯川学。いや、ガリレオよりはホームズと呼ぶにふさわしい。ただし彼のもとに舞込むのは旧友の刑事草薙の持ち込むオカルト的事件、しかも本来素通りするような些細な「不思議」である。
オカルトめいた題を冠した5作からなる短編集でライトな文章、さわやか?な会話、軽い皮肉やジョークがちりばめられた何気ない謎解きなのに、本格ミステリーが根本に押さえられている不思議と明かされるべ人間関係、忌まわしい過去、事情…そして目の前に残された死体と謎。そしてそれらに挑む名探偵と刑事。要素は充分そろっているのだ。 さて。探偵ガリレオシリーズはオカルト的事件とそのトリックを、物理的数値的に証明することで事件解決の糸口となるというのがお決まりパターン。 ここで一度このシリーズをオカルトつまり妖怪や幽霊といった怪現象と人という点から見つめなおしてみる。 オカルト現象を素直に受け取ってしまうワトソン草薙を戒め、ホームズ湯川は実験とそれに基づく数値的証明でひたすら事実を追求し解決する。かつて人間は理解不能の事象や人知を超えた現象を「妖怪」と呼び、後悔や恐れといった心理的作用の引き起こす夢や幻視を「幽霊」と呼び、事実ではないものを己の中に真実として存在せしめてきた。 いや、事実に対して持つ個々の「真実」がそれらを体験させ見せてしまったというべきかも知れない。 そう、事実はひとつ、真実は人の数だけある。そしてオカルトも人の数だけ存在する。 だから湯川が見えないモノを見えるものや数字に置き換え事実を証明しようとするのは「妖怪」の激減せしめた近現代人の体質を代弁しているといえるかもしれない。しかしそこにはひとつ、どうしても残されたものがある。事実は数値に置き換えられ証明されてもなお、ポツンと残る要素ある。それが「真実」だ。 そんな真実には湯川は手を触れずそのまま放置する。この悲しさと優しさが、東野の作品群の根本に流れているものそのものなのかもしれない。
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