コメント・書評 |
孤独だったのは人類なのか
久我忍
Dec 1, 2007 8:45:45 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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物語は、巨大な宇宙船が地球を訪れることに始まる。 地球人より遥かに高度な知能と文明、技術力を持った異星人たちはオーヴァーロードと呼ばれた。彼らは人々を、人類だけでは成し得ることが出来なかった戦争や貧困のない平和な時代へと導いていく。
SF小説というジャンルが苦手な私だったが、かつて何の気まぐれか、『旧版』を読んだことがあった。SFといえば宇宙船が登場し、異星人と戦って──という印象しかなかった私にとって、この本との出会いは衝撃だったことを記憶している。その作品が、光文社古典新訳文庫のラインナップに加わったとのことで早速『新訳版』を読んでみた。
内容は三章に分かれる。 第一章『地球とオーヴァーロードたち』では、国連事務総長であるストルムグレンと、オーヴァーロードの代表である地球総督カレランの交流が描写されている。 人々は、オーヴァーロードによる緩やかな支配と平和を享受しつつも、人々の前に姿を現すことをしない彼らの秘密主義に抵抗を試みる集団が小規模ながら各地に存在する時代。オーヴァーロードたちは50年後、人々の前に姿を現すと約束する。 そして第二章『黄金期』において、その約束は守られた。 だが彼らが地球を訪れた本当の目的が語られるのは、第三章『最後の世代』だ。
地球人たちはオーヴァーロードとの出会いによって、人類は宇宙という広大な空間で決して孤独ではなかったことを悟った──人類はもはや孤独ではない、と文中でも語られている。だが詳しく描写される人々の心象とは対照的に、オーヴァーロードたちのそれが語られることはとても少ない。明確に語られないその部分においては、読者は想像することしか出来ない。けれど孤独だったのはオーヴァーロードたちだったのだと私は思う。 全編を通して登場した地球総督カレラン。彼にとっては一つの任務が終わるまでの、短くはないが生涯が終わる程の時間ではない期間は、人間にとっては50年以上に渡る世代が変わるほどの長い時間だった。そんな二つの種族の間に育まれた、決して形として表には出されることのない友情に似た感情が胸に残る本だった。
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