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流動
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内容説明
ビジネスで大成した著者が栄光の裏に潜む深く険しい半生をつづる。ゲバ棒と火炎瓶の渦の中で悩み、大学を追われ、アメリカを彷徨い、塀の中でなき、そして著者は幸せを摑んだ。愛と勇気の物語。
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コメント・書評 |
岡崎福造氏は、含羞の経営者、内省の企業人
とんち
Nov 9, 2005 4:37:23 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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「流動」の著者・岡崎福造氏は、含羞の経営者、内省の企業人といっていい。そこそこ経営がうまくいっている経営者は、自分の「過去」の忌むべき事実を語りたがらない。しかし、過去に目を瞑り、美化することでは未来は拓けない。 岡崎氏は、ともすれば誤解されがちな「塀の中」の体験や過激な学生運動の物騒な記憶も、迷いのない筆致でまるごと語っている。これらのある種の「武勇伝」は、単純な起業サクセスストーリーを望む人には余分な挿話なのかもしれないが、岡崎氏の経営指針をかたちづくってきた大切な体験なのである。 企業経営で大事なことは、事業を実施し、雇用を生み出すという「社会的」な役割であり、コンプライアンス(法令遵守)が基本になると岡崎氏はいう。体験に裏打ちされたポリシーというほかない。 同時に、岡崎氏は、この「弱肉強食」の資本主義のしくみを憎みつつ、資本主義のなかで打ち勝っていくことの大切さを淡々と語っている。このしくみに溺れすぎて享楽に流されれば、足をすくわれてしまう。逆に、このしくみに対抗しすぎて、世の中の流れにかみあわない理想や「人情」のみに流されれても自滅してしまう。 幼い時、山師に騙されて借金を抱え、自殺してしまった父の記憶。豪農であった家が傾いていく経緯を幼心に刻み込んでいった日々。新聞配達など過酷なアルバイトをしながら学業で優秀な成績を残し、やがて東京の大学へ。社会の矛盾にめざめた頃、社会体制を批判する当時の学生運動に惹かれていつのまにか過激な活動家の仲間になっていく。よど号ハイジャック事件にすんでのところで巻込まれそうになりながら、やがて運動から離れて、アメリカへ。帰国後の企業戦士としてのめざましい活躍。後の起業、挫折と復活。 屈辱を与えた故郷の人々への愛憎が入り交じるこの本の冒頭が故郷の叙述から始まっていることは意味深い。忌避してきたはずの故郷の役所に多額の寄付金をしたという著者の故郷への愛情の厚さは一環している。故郷や自分のおいたちにこだわる経営者しか成功しないという方程式がここにも証明されていると思う。 |
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