コメント・書評 |
『同期の桜』的美学は日本古来のもんなんかぢゃない!?
SnakeHole
Sep 20, 2005 11:01:09 AM
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評価 ( ★マーク )
★★★★
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江戸末期,武蔵国染井村(現在の豊島区内)の植木屋がオオシマザクラとエドヒガンを掛け合わせて作り上げたソメイヨシノ(当時,桜と言えば吉野が有名だったのでそれにあやかって「吉野桜」と命名された。吉野の桜は当時ヤマザクラ類が主流だったので,完全なイカサマですけどね)は,その成長の早さ,苗木の安さで明治期,全国に広まった。 江戸期には,品種の違う(開花時期も異なる)数種類をバランスよく植え,単一では1週間から10日程度である花盛りを長きに渡って楽しむのが普通の桜の楽しみ方であった。それが明治期のソメイヨシノ(の大量植樹)により,その短い開花期間を思い切り愛で,その散り方に勝手な意味を付与するようになった。 ……すなわち,軍歌「同期の桜」に見られるような,「美しく咲いて潔く散るのが日本古来の美学」とかいう「桜語り」は,全然日本古来のものなんかではなく,ソメイヨシノの拡散とナショナリズムの確立が時同じく起きたためのスリコミであるということを古来よりの詩歌・文献に現れる桜の記述をもとにたんねんに検証したのが本書なんである。 ともあれ,そういう形而上の話以前,ソメイヨシノの生物学的真実の説明もワタシのような門外漢には面白く,ソメイヨシノがすべてクローンであるのは,そもサクラという植物にはバラと同様(当然か,サクラはバラ科である)自家不和合性という性質があり,実生(種から育てること)すると必ず親とは違う性質が出てしまうからであるとは知らなんだ。つまり人間に例えれば俳優ナニガシが名優だからといってその子もそうとは限らない。ナニガシのクローンを作る方が名優の作り方としては確実だ,ということだったんである。なんか身につまされるけどねぇ(笑)。 |
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