コメント・書評 |
結夏と解夏。
オレンジマリー
Jun 10, 2004 2:42:00 PM
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評価 ( ★マーク )
★★★★★
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短編集だとは思わなかった。『解夏』がこの一冊に長編として収められていると思っていた。というのも、映画化したしドラマ化もしている。だから、本書を読んで意外で意外で、とても驚いた。 解夏、という名に馴染みがなく訳も分からなかったが、この物語が特殊な病気によって失明していく男性とその恋人を描いたものだという大まかな流れは知っていて、このタイトルとどう繋がるのか興味があった。たった二文字のこのタイトル、漢字も響きもなんだか印象深く、普段なら分厚い本は読もうと思わないところ手に取るまでに気持ちを高ぶらせた。 ベーチェット病。 聞いたことも見たこともない病気である。私も生まれつき弱視で、これは遺伝らしいが失明となるとなんだか遠いことのように思っていた。本書を読みながら景色を眺められるということが重要なことのように考えた。これから、この当たり前に見えていた景色が見えなくなってしまったら…。信じられないことである。 段々見えなくなってしまう恐怖、今は見えているのに明日には見えないかもしれない不安。でも、視力を失うということは闇に包まれるのではなく乳白色の霧の世界に行くことだという。なんだか不思議と恐怖や不安は縮む。 そして「解夏」の意味。仏教の言葉で、解放される日を言う。ここでは、主人公が失明するという恐怖、という行から解放される日として使っている。それがまた感動を深めるのに効果的だと思う。 故郷の風景を自分の中に刻むというのは簡単なことではない。風景は四季折々変わるし街並みも人も変わる。どこの花は何色だとか、そこまで記憶できるだろうか。しかし最後に主人公は刻む。実際は見えていないのに何色の花が咲いているかが分かっている。そして失明した瞬間に、失明するという恐怖から解放される。少しでも前向きに、一歩でも進む姿勢は大切である。落ち着いている主人公の心情や言葉は、本当にぐっときた。解放される瞬間、失明の瞬間が「解夏」である。 私としてはこの作品、短編ではなく長編で楽しみたかった。終わりがすごく綺麗であるのに、読み終えた時に「あれ? もう終わり?」と思ってしまったので少し残念だ。余韻を味わえたらもっと良かった。 心の中でそっと拍手を送る。 |
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