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この瞬間を生きる
インドネシア・日本・ユダヤと私と音楽と
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コメント・書評 |
三つの文化を背負った一音楽家の生きざま
小沼純一
Apr 24, 2001 3:16:00 PM
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評価 ( ★マーク )
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日本には、いま、多くの外国から来て生活している人達がいる。ビジネスマンから肉体労働、教師、芸術家、あるいは留学生と、さまざまだ。いささか私事にわたるが、わたしはこうしたなかから音楽家ばかり45人にインタヴューをして、昨年『アライヴ・イン・ジャパン 日本で音楽する外国人たち』(青土社)という本を上梓した。国籍もやっている音楽も、この国にやってきた経緯もそれぞれ異なっている人達。どうして他のところではなくこの「日本」なのかというのが気になって、そうしたことも尋ねたのだったが、かならずしもはっきりとしたモチヴェーションがあるとはかぎらない。なりゆきでそうなってしまったひとがじつに多かったのに、あとで、驚いたりもした。
本書の著者——というより語り手であり、人生の「主人公」——も、外国から日本に来て、活動している音楽家である。残念ながら、この方については、この本がでるまで知ることがなかった。だからインタヴューもできなかったのだが、これはとても残念に思える。やっている音楽もそうだし、これまでの送ってきた人生のありようもひじょうに興味深いものだったからだ。
セリアさんはインドネシアに生まれた女性。ピアノやエレクトーンを学んでいた彼女は、日本総領事に出会ったことで、この国に行ってみようという気になる。日本でやろうと思っているのは、音楽の、エレクトーンの勉強だ。この見知らぬ土地で、セリアさんはホームシックにかかりながらも勉強をつづけ、今度はユダヤ系のアメリカ人と出会う。そのひととの結婚——ユダヤ教という、これまた未知なる宗教の体験。さらにエレクトーンばかりでなく、日本の琴の勉強も始める。 セリアさんは家庭人であると同時に、音楽教師、作曲=演奏家としての生活を送り始めるのだが、そうしたなかで、独自の「エスニック・フュージョン」と呼ぶ音楽が生まれてくるのだ。
「エスニック・ヒュージョンとは、音楽ジャンル、楽器の編成、国境を超え、異なった文化、精神的な支えを融合したものです。インドネシアの、日本の、ユダヤの、それぞれの文化、音楽が私という一つの体の中で溶け合ってでき上がった音楽です」——セリアさんはこんなふうに語っている。エレクトーンと琴、サックス、インドネシアの楽器が一緒に演奏される音楽。もちろんセリアさんは、音楽をとおして、もっと深い、文化の問題に触れてゆく。いまの日本では伝統的な邦楽があまりにもなおざりにされていないか。自分の国の文化を大切にすれば、おのずと他の国の文化も尊重できるようになるのではないか。セリアさんは、自分の複数の文化が重なったアイデンティティ、ながいこと子供に音楽を教えることをとおして、こうした言葉を発しているのだ。「こんなふうに生きてきた」のは必然ではないかもしれない。なりゆきだったかもしれない。しかしその体験のうえでこそ語られることがある。
本書にあるのは、たしかに、完成された、みごとな語りというわけではない。しかしだからこそ逆に、これまで生きてきたなかで得たものをできるだけ直接に語ろうとする意志がはっきりと感じられるのである。 (bk1ブックナビゲーター:小沼純一/文筆業・音楽文化論研究 2001.04.25) |
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