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視覚文化におけるジェンダーと人種
他者の眼から問う
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コメント・書評 |
ビジュアル&カルチュラル・スタディーズの生きのいい論集。
服部滋
Jan 22, 2001 6:15:00 PM
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評価 ( ★マーク )
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ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ(視覚文化研究)の生きのいい論集が翻訳された。リサ・ブルームが編集し、1999年にミネソタ大学出版局から出版された英文の論文集“With Other Eyes;Looking at Race and Gender in Visual Culture.”の邦訳(ただしこの日本版には、原著にない論文が加えられたり、原著の論文が削除されたりしている)。
リサ・ブルームはカリフォルニア大学サンタクルーズ校で教鞭をとるフェミニストの学者。98年から2年間、客員教授として千葉の城西国際大学の女性学大学院講座で視覚文化を講義した。 本書は、視覚文化——映画・美術・写真・広告・パフォーマンス等々——を対象に「人種や民族性(エスニシティ)という概念が、ジェンダーやセクシュアリティの問題とどのように結びつけられ、ナショナリズムや植民地主義に関する最近の研究とどのように関連づけられるのか」(序文)を主題としたフェミニスト分析の論文8篇を収めている。
ココ・フスコの「反対側から語る異文化間パフォーマンス史」は、きわめて興味深いパフォーマンスの顛末をレポートしたものだ。フスコ(女)とゴメス=ペーニャ(男)は、メキシコ湾の孤島に棲む「未発見」の原住民アメリンディアンだと称し、金色の檻の中で3日間暮らすというパフォーマンスを企てた。 檻の中で彼らは、筋トレ、テレビ鑑賞、パソコン操作や、料金箱にお金を入れてもらえば踊ってみせたりポラロイドで観客と記念撮影をしたりもした。92年マドリッドで始まり、ロンドン、シドニー、アメリカ各地のミュージアムを巡回したこの作品(プロジェクト)は、彼ら自身にとっても予期せぬ反応を引き起こすこととなった。
ところでコロンブスの「新大陸発見」以降、ヨーロッパはアメリカ大陸のみならずアフリカやアジアからも、金銀や新奇な動植物、そして原住民を「標本」として持ち帰った。19世紀末のパリ〜シカゴ万博では植民地の原住民を集落ごと拉致し、柵で囲った中で数カ月にわたって生活させたのだが、このあたりの帝国主義的「人間展示」については、さしあたり吉見俊哉『博覧会の政治学』(中公新書)でも参照していただくとして先を急げば、「人間展示の慣行に対する自覚的な批評行為であった」彼らのパフォーマンスを、多くの観客が「本当」のことだと信じてしまった——。 観客はなぜ「本当」だと信じたのだろう? 多くの人がなぜあからさまに、あるいは控えめに彼らに「性的な好奇心」を示したのだろう? 彼らがアーチストだと気づくとなぜ観客は怒りだしたのだろう? 彼らは本当に「大衆をあざむいた」のだろうか? このパフォーマンスを「不快に思った」としたら、それはいったい何故なのか? ……
「フェミニズム植民地言説研究という用語は」とリサ・ブルームは書いている。「ポストコロニアルな諸関係とその結果現れた問題をテーマとする、フェミニズムの批評言説を指している」。そしてそれは、ココ・フスコのパフォーマンスが引き起こしたこうした無数の何故——それは私たちが暮している日常の中にも寸分違わぬ形で存在している——を考えるためのツールにほかならない。ここに収録された8篇の論文は、いずれも私たちの日常の思考を鍛えるための恰好の道具というべきだろう。翻訳に携わった若き研究者たちの労を多としたい。 (bk1ブックナビゲーター:編集者/服部滋 2001.01.23) |
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