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紙の本
藤原行成「権記」 全現代語訳 中 (講談社学術文庫)
平安中期の能吏、藤原行成の日記。中は、長保2年(1000)行成29歳から寛弘3年(1006)35歳までを収録。一条天皇の皇后定子と東三条院の相次ぐ崩御、妻子を失う不幸と公...
藤原行成「権記」 全現代語訳 中 (講談社学術文庫)
藤原行成「権記」全現代語訳(中)
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商品説明
平安中期の能吏、藤原行成の日記。中は、長保2年(1000)行成29歳から寛弘3年(1006)35歳までを収録。一条天皇の皇后定子と東三条院の相次ぐ崩御、妻子を失う不幸と公卿の地位に昇れない焦燥感などを綴る。【「TRC MARC」の商品解説】
平安中期の能吏藤原行成の日記。本巻は、長保二年(1000)行成二十九歳から寛弘三年(1006)三十五歳までを収録。一条天皇の皇后定子に続き、東三条院が一年の間をおいて相次いで崩御、さらに妻子も失うという不幸と、自身なかなか公卿の地位に昇れない焦燥感を抱えながらも公務に精励する行成。儀式次第・宮廷作法から夢想まで詳細に記す。
道長を訪れ、内裏に参り、
皇后、女院の崩御に諸事を奉仕
側近が記す儀式・人事・仏事と日常
平安中期の能吏藤原行成の日記。本巻は、長保二年(1000)行成二十九歳から寛弘三年(1006)三十五歳までを収録。一条天皇の皇后定子に続き、東三条院が一年の間をおいて相次いで崩御、さらに妻子も失うという不幸と、自身なかなか公卿の地位に昇れない焦燥感を抱えながらも公務に精励する行成。儀式次第・宮廷作法から夢想まで詳細に記す。
下人が云ったことには、「皇后宮(定子)の御産は□、すでに非常です」と云うことだ。(中略)御前に参った。天皇がおっしゃって云ったことには、「皇后宮がすでに頓逝したことは、甚だ悲しい。左大臣に、参るよう、今すぐ仰せ遣わすように」ということだ。 (長保二年十二月十六日条)【商品解説】
目次
- 凡例
- 長保二年(1000)
- 長保三年(1001)
- 長保四年(1002)
- 長保五年(1003)
- 寛弘元年(1004)
- 寛弘二年(1005)
- 寛弘三年(1006)
- 年譜
- 系図
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藤原行成による平安中期に著された『権記』の第2巻目です!
2020/03/09 12:40
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、平安時代の中期に藤原行成によって著された日記で、講談社学術文庫から上中下の3巻で刊行されている中の中巻です。同巻では、藤原行成が29歳であった天保2(西暦1000)年から35歳であった寛弘3(1006)年までの日記が収められています。当時は、一条天皇の皇后定子に続き、東三条院が1年の間をおいて相次いで崩御、さらに妻子も失うという不幸と同時に、行成自身がなかなか公卿の地位に昇れない焦燥感を抱えながらも公務に精励する姿が生き生きと描かれています。
紙の本
現代語訳のみ
2015/11/06 20:23
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:しましま - この投稿者のレビュー一覧を見る
『権記』が文庫3冊にまとまった。原文は無く、現代語訳文のみだが画期的。巻末に簡単な用語解説と人物注,年譜,系図などがついている。これで原文もついていたらなぁ。そうしたら、文庫3巻ではとても収まらないが。
中巻は、長保2年から寛弘3年までを収録。