紙の本
ポピュラーサイエンスの傑作
2022/10/09 11:21
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投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
一般人にはとっつきの悪い化学物質をテーマに持ってきているのにこれほどまでに面白い物語に仕立て上げている著者の力量に感嘆する。特にエピソードの選び方が良い。おそらくは面白いエピソードを選んで逆に化学物質を決めていったのだろうが。
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胡椒、ナツメグ、クローブ 大航海時代を開いた分子
アスコルビン酸 オーストラリアがポルトガル語にならなかったわけ
グルコース アメリカ奴隷制を生んだ甘い味
セルロース 産業革命を起こした綿繊維
ニトロ化合物 国を破壊し山を動かす爆薬
シルクとナイロン 無上の交易品とその合成代用品
フェノール 医療現場の革命とプラスチックの時代
イソプレン 社会を根底から変えた奇妙な物質
染料 近代化学工業を生んだ華やかな分子
医学の革命 アスピリン、サルファ剤、ペニシリン
避妊薬(ピル) 女性の社会進出を後押しした錠剤
魔術の分子 幻想と悲劇を生んだ天然毒
モルヒネ、ニコチン、カフェイン アヘン戦争と三つの快楽分子
オレイン酸 黄金の液体は西欧文明の神話的日常品
塩 社会の仕組みを形作った人類の必須サプリメント
有機塩素化合物 便利と快適を求めた代償
マラリアvs.人類 キニーネ、DDT、変異ヘモグロビン
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実は私が最初に勤務したのは化学を生業とする会社で、ある意味当然なのだが日常的に化学用語が飛び交っていた。入社早々、隣の席に「SM」と大書されたファイルを見つけ「なんと!」と勘違いしてドキドキしていたら「スチレン・モノマー」の略語だったりしたわけだ。
翻って高校時代は化学の授業時間は「邪魔するくらいなら大人しく寝ていろ」と言ったO田先生の言いつけどおり、完全に「御昼寝」タイムにしていたので全くもって「亀の子」の意味さえ覚えずに卒業したのだから、「SM」が何か知らなくて至極当たり前の事だ。
しかしながら流石に10年近くそんな化学用語が飛び交う職場に居れば「門前の小僧、経を読む」で、なんとなく(飽くまでも「何となく」だ)エチレン、熱硬化性樹脂、ビスフェノールA、OH基のくっ付き方の違いが云々、等の話にも慣れ、化学式で写真フィルムが感光により黒くなるところを説明されると「ほぉーっ」と感心できるようにはなっていたのだから驚く。だからと言って理解しては居ないのだが、キチンと勉強をすることも無く、そしてその機会も必要性も無い生活になり早20余年。
そこで恐る恐る手にしたのが本書であるが、著者が冒頭に述べるように「化合物のすべては歴史の重要な事件、あるいは社会を変えた一連の流れに深く関わっている」ことを前提とし、「化学の歴史ではなく、むしろ歴史における化学を描く」ものになっているのでガチガチの化学本では無くむしろ歴史本と言ってもいいくらいだ。
ガチガチの化学本では無いと言いながら本書の本書たる所以、そして成功の鍵は「化学構造式」を入れたことにある。ちょっとした化学構造の違いで効き目が違ってきたり、全く新しい性質の物質が出来たり、というのを説明するために構造式を書かなきゃ説明しにくいのは判るのだがかなりの勇気が必要だったろう。そこで普通では読者に絶対に嫌がられるであろう構造式を入れるために最初に基本の「き」から説いているので、とても親切だし今更ながら「カメの甲」=ベンゼン環について学べるのだ。まさに訳者の後書きにあるように、1に化学を学び損ねた人、2に化学が嫌いだった人向けにピッタリの本書なのだ。
そして本題である17の化学物質の話だが、自然に存在する香辛料やビタミンCなどの効果の発見、その根底にある化学物質の特定と化学構造の理解、そして人の手による製造という過程が歴史のどの段階で起きたのか、そしてそれが歴史にどう影響を与えたのかと丁寧に説明されている。世界の名だたる化学品メーカーであるBASF・Hoechst・Bayer等の基礎を築いたのが染料の合成だったとかも紹介されている。
ちょっとばかり分厚い書籍なので取っ付き難いかもしれないけど内容的には判りやすいので心配は無用。これで今後は化学物の本も少しは買おうという気になるような予感。
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有機化学を軸に語られる世界史。人間社会は科学を知る以前から様々な化学物質に翻弄されてきた。科学時代になってからは新たな化学物質が生み出され,それがまた社会を変えてきた。
そんな,世界史と化学物質の相互作用を見事に描いている。ヴェネチアの繁栄を生み,大航海時代を開いた香辛料,壊血病を防いだアスコルビン酸,高性能な爆薬をもたらしたニトロ化合物,綿やシルクといった繊維,そして医薬品。どの章も興味深く,飽きさせない。
大航海時代を中心とした第一章,第二章からだいたい時系列で並んでいて,読みやすい。昔のことって今から見るとなかなか想像しにくくて,驚く話も多い。15~18世紀の長期にわたる航海では,壊血病で船員が激減するのを想定し多めに載せて出港したとか。壊血病ゼロを初めて達成したのはクック船長。
奴隷制度に関連する化学物質。砂糖と綿の二つは分かりやすいが,最終章で挙げられている変異グロブリンは意外だった。サトウキビと棉の栽培に適したアメリカの熱帯地域では,アメリカ先住民よりマラリアに抵抗力をもつアフリカからの奴隷が重宝した。その抵抗力は鎌形赤血球症の遺伝子に起因する。
産業革命は繊維産業から起こったが,これは機械だけでなく化学との関連も深い。染料の研究は薬品産業の発展へとつながっていく。19世紀後半には,特にドイツが合成有機化学分野で隆盛を誇る。染料と染色法をめぐる激しい特許紛争がイギリスやフランスの染料業界を弱体化していた。
ドイツのバイエル社も初めはアニリン染料からスタート。アスピリンにもいち早く注目し商業化した。初期の抗菌剤,サルファ剤はガス壊疽の治療に使われた。一次大戦の頃は,傷から入った細菌がガス壊疽を起こすと,生存のために壊疽した四肢を切断するしかなかった。
そして最初の抗生物質ペニシリン。抗生物質の恩恵は今や誰もが受けている。乳幼児死亡率激減の立役者だろう。避妊薬,特に経口避妊薬も社会を変えた。またモルヒネ,ニコチン,カフェインなどの薬物も,戦争を起こしたり,クーデターの資金源となったり,世界に大きな影響を与えている。
「スパイス、爆薬、医薬品」の範疇に入らないが,塩やフロンも重要な化学物質。人類に不可欠な塩は古代から専売の対象とされてきた。冷凍サイクルを利用した冷凍船は食肉の輸送に威力を発揮していたが,20世紀には冷媒としてうってつけの物質フロン(なぜか本書の表記はフレオン)も合成される。
1930年,発見者のミジリーはフロンを吸い込んで吐く息で蝋燭を消すという,無毒性,不燃性を示すデモンストレーションを行なった。しかし70年代になるとオゾン層破壊の疑念が生じ,規制されていくことに。PCBも同様の運命に翻弄された。
初期の麻酔にはエーテルが用いられたが,可燃性で使いにくかった。これを解決するクロロホルム麻酔が登場し,南北戦争などで広く使われた。ビクトリア女王は第八子レオポルドを出産するにあたってクロロホルム麻酔を受けたそうだ。無痛分娩のはしりかな?最近読んだ彼女の評伝には載ってなかったエピソード。
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面白い。科学×歴史で書いたのは新しい視点。どちらも知らないと書けない。科学記号が苦手でめ、ワクワクしながら読める本。すこし高いけど、オススメ。
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<歴史の陰に化学物質あり>
古来、数多くの事件が歴史を動かしてきた。事件の陰にはさまざまな要因がある。その中に、化学物質もあったのだ、というのが本書の視点。
これが抜群におもしろい。
取り上げられている物質は、スパイス・ビタミン・糖・繊維・爆薬・ゴム・染料・薬品・麻薬・塩等、幅広い。
特筆すべきは、構造式がかなり数多く掲載されていて、分子の役割を考える上で非常にわかりやすいこと(亀の甲が嫌いだった方も、逃げないでー。テストはありません)。
例えば、グリコーゲンはグルコースが重合した貯蔵多糖であり、動物に利用されている分子だが、この分子には多くの枝分かれがある。このため、いざ栄養分が必要になった際、枝の先から多くのグルコースが遊離し、迅速な栄養補給が可能になる。こういう話は構造式を見て、分子の模式図を見れば一目瞭然。
細かいこぼれ話をちりばめて興味を惹きつつ、大航海を誘発したスパイス、魔女狩りの陰にあった薬草や毒草の成分、冷媒や絶縁体としてすばらしいと目されたが、後に思わぬ問題が表出した有機塩素化合物など、歴史の大きなうねりの中で少なからぬ役割を果たした化学物質について、全17章に渡って解説していく。
大航海時代、船乗りたちはビタミン不足から壊血病に苦しんだ。クックは船乗りたちの食事に新鮮な野菜や果物を取り入れて、航海を成功させた(二章:アスコルビン酸)。
オリーブは油の原料として非常に珍重されたが、根がまっすぐであり、表土を保持できないために土地が荒れ、古代ギリシャの衰退に一役買ったという。だが後に、石鹸の原料として人々の衛生状態を支えた(十四章:オレイン酸)。
アフリカ人の中には、マラリアに対抗するため変異ヘモグロビン(鎌形赤血球)を持つようになった人がいる。このためマラリアに強くなり、アメリカ先住民が倒れる中、アフリカ人が残ったという。これが奴隷貿易を支える一因になったのではないかという見方もできる(十七章:マラリアvs.人類)。
大学1・2年の方には特におもしろく読めると思うし、そうでなくても文系・理系どちらの人にもおすすめです~。
*原題は”Napoleon’s Buttons”。ナポレオンのロシア遠征が失敗したのは、軍服のボタンが低温に弱い錫だったため、という説がある。錫は低温で粉末化する。服を留めることができず、防寒の用をなさなかったというのだ。これには異論もあるようで、真偽のほどは定かでないが、なかなか興味深い。
これ、最近どこかで似たような話を読んだ気が。南極を目指したスコット隊の燃料タンクの金属が腐食(?)して燃料が漏れてしまっていた、というような話。これも錫だったのかなぁ・・・? 燃料漏れの話は、多分、科学雑誌のどれかで読んだと思うのだが、確認しようと思って探したけど行き当たらず。どなたかご存じでしたらご教示ください。
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パラパラとめくるとふんだんに化学構造式が使われていて、なにやらあまり聞いたことのないカタカナの名称がずらずら…。
こんな本、私に読めるのかな…と引き気味に読み始めたが、これがどうして、単に読み物としても非常に面白く、化学はもちろん、世界史もはっきり言って苦手な私でさえ、ぐいぐい読み進めた。
化学を歴史の中で捉え、様々な化学物質がもたらした歴史の変革を見事に解き明かしてくれる。
歴史というと、どうも学校の授業でひたすら事柄と年号を覚えて~という不毛な時間しか連想出来ないでいたが、結局は人の毎日の営みの積み重ね。人々の暮らしがあり文化があり、発見があり、それが歴史を動かし、動いた歴史がまた人々の暮らしを変えていく。
連綿と続いてきた、そしてこれからもそうやって続いていく「歴史」というものの本質に改めて気付かされた名著であった。
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歴史上で大きな役割を果たしたと思われる有機化合物を20種ほど選び,その発見や,歴史について簡単に触れた後,その物質の科学的特性を化学式を使って解説している.
前後の関連も意識して配列してあるが,基本的にはどの章も独立で興味のある章から読み始めるのがいいと思う.私にはとても面白いいくつかの章(例えば避妊薬をはじめとするステロイドを扱った11章など)と,あまり興味がわかない章が混在していた.
歴史の解説は概して軽めで,化学的な解説により重点がある.その物質自体の歴史(つまり,単離,構造決定,合成などの歴史)もふれられている.分子構造からくる物質の特性の解説が似たような構造や性質をもつ物質へ広がっていくのがとてもおもしろかった.
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大航海時代を開いたスパイスの成分から、歴史を変えた砂糖(グルコース)、綿花(セルロース)から爆薬(ニトロ化合物)、プラスチック(フェノール)、染料、医薬品(アスピリン、ペニシリン、ピル)、快楽分子(モルヒネ、ニコチン、カフェイン)、環境破壊物質(有機塩素化合物)等の主に有機系の化学物質の歴史に与えたインパクトと発見の物語を17章にわたって描いている。本書がユニークなのは、化学の知識が無い人も読者に想定しているが、敢えて取り上げた化学物質の構造式を使っていることである。この試みが成功してるかどうかは、化学の知識をどの程度持っているかによって違ってくると思うが、構造式無しで話を進めた場合よりも、具体的なイメージが浮かび易くなったのは間違いない。歴史に与えたインパクトも初めて聞くエピソードが多く、このような飛び切り面白い本を送り出した欧米のポピュラーサイエンスのレベルは凄い。
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題名がベストセラーに引っかけすぎだ…と思いつつ中身はほんとに面白かった。歴史×化学!亀の子の記号の見方も分かりやすいし、「乾きやすい繊維=水分子を取り込みやすい」とか、「爆発=反応の大きさ」とか。もう日常のモノ、現象を式でイメージするという視点が生まれてためになった。
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『銃、病原菌、鉄』は生物学的、人類学的に歴史や地理を考察した本だったけど、これは、化学を通してみたもの。
大学教養過程の化学通論の授業みたい。
文中に化学式がたくさんあるけど、化学が苦手な人にもわかるようにエッセンスだけ書いてあるので、化学嫌いな人、文系の人にも読みやすいはず。
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世界史(主に近代、現代史)を有機化合物から読み解く、極めてユニークな一冊。これ一冊を種本に1年間、中学校か高校で講義をしたら化学志望者が激増するんじゃないかと思う。
大航海時代が香辛料を求めて花開いたことは雑学で知っていても、そこの世界史的な前後関係と、各物質の化学構造式と性質が並列で学習できる。前章で紹介された物質から、次の物質への構成の繋がりもまさに有機的。第一章の香辛料から第二章のアスコルビン酸(ビタミンC)といったように、大航海時代の次の段階に話が進んでいく。
邦題が二匹目のドジョウなので(銃、病原菌、鉄)なので期待してなかったが、おすすめ。
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身近に溢れている(一部を除き)物質の歴史を繙き、その価値・利用法・人体への影響等を化学式で分かり易く説明。へぇ~と思うことしきり。本当に勉強になります。
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とりあえず本屋で表紙買い。(いや、手にとってみたくなるような洒落た表紙デザインってすごく大切だと思うんだ……)
そして大当たり。確かに化学式は多いけれど、絵だと思って眺めてみれば、なんとなく違いがわかってくるから不思議。
内容については帯にもあった「身近な物質の化学的な働きが、人類の発展に与えた影響を豊富なエピソードを交えてわかりやすく解説した一冊」で事足りる。
でも、そのエピソードの選び方が、ほんとに身近で面白い。
「これ(ラクトース(乳糖)の化学式)を見たときに、OHが上についているか、下についているか。ただこれだけの違いで、おなかがごろごろする牛乳か、そうでない牛乳かに変わってくるんだよ」(P65)
「女王バチと働きバチの分子の違いも、たったこれだけなんだけど、見た目がこれだけ変わってくるんだよ」(P15)
―――「せんせーがなんかまた違う本読んでる」「どんなことが書いてあるの?」というので覗き込んできた生徒(五年生)たちに、こんな説明をしたときに、彼らの目がどれほど輝いたことか!
往々にして世の中には、なにかというと「文系」「理系」の二つでくくりたがる(分類したがる)人がいるわけなのだけど、それがいかに馬鹿馬鹿しいか、ということもあわせて教えてくれる一冊でもあったことは特記しておくべきだと思う。
科学も化学も普段の生活に直結して存在している。
おなかの掃除をしてくれるセルロースと、お砂糖の甘みのグルコースの名前が似ているのにはちゃんと理由がある。
「紫」「赤」を染め出す染料の分子式の複雑さと、「茶」を染め出す染料の分子式のシンプルさを並べてみたときに、なぜ、平安時代では「赤」が年配の色とされたのか、官位が高いもののみ着用を赦される禁色とされたのか、理屈で理解ができるはず。
(分子式が複雑→反応させるのが難しい→金と手間がかかる)
「なるほどなるほど、そういうわけだったのかー」という、知ったときの楽しみと快楽を味わうことができるという意味でも、非常にお勧めの一冊だった。
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題名からも分かるように、色々な化学物質からそれが人類の歴史をどう発展させたのかを語る本。ジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』みたいな題名だけれど、こちらは人類の栄枯盛衰を描く歴史理論のようなものはない。ただ、純粋に読み物としての面白さ、教養になる満足度は高い。
化学的な素養がないと難しいかなと思ったが、そんなに難解なところはなかった。化学物質そのものよりも、それが人類に及ぼした影響に主眼を置いているからだと思う。それよrkも、翻訳本特有の字の多さに慣れないと読み通すのは難しいかも。
資源や嗜好が貿易の原動力になり、戦争のかたちを変えて、人間の生き方を変えたということを、とても興味深く読むことができた。世界の広さを実感する本であるとも思う。