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- カテゴリ:中学生 高校生 一般
- 発行年月:2011.3
- 出版社: ポプラ社
- レーベル: ポプラ文庫ピュアフル
- サイズ:15cm/296p
- 利用対象:中学生 高校生 一般
- ISBN:978-4-591-12401-7
紙の本
船に乗れ! 3 合奏協奏曲 (ポプラ文庫ピュアフル)
著者 藤谷 治 (著)
三年生になろうとしているある日、伊藤は言った。「津島、大丈夫か?チェロが、おとなしくなってる」。津島の懊悩をかえりみることなく、学校は、音楽エリート育成に力を入れ始めた。...
船に乗れ! 3 合奏協奏曲 (ポプラ文庫ピュアフル)
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商品説明
三年生になろうとしているある日、伊藤は言った。「津島、大丈夫か?チェロが、おとなしくなってる」。津島の懊悩をかえりみることなく、学校は、音楽エリート育成に力を入れ始めた。津島は、自らの未来に対する不安を胸に、チェロを弾き続ける。そして、運命の日が訪れた—。生きることの“歓び”と“ままならなさ”を歌い上げた青春音楽小説の金字塔、堂々完結!津島と伊藤の二十七年後を描いたスピンオフ短編「再会」を特別収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
〔ジャイブ 2009年刊の加筆・訂正,「再会」を加え文庫化〕【「TRC MARC」の商品解説】
収録作品一覧
船に乗れ! 3 合奏協奏曲 | 5−257 | |
---|---|---|
再会 | 259−291 |
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紙の本
いよいよ最終巻です。
2012/04/21 18:57
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:お月見 - この投稿者のレビュー一覧を見る
青春時代の大切な出会いと別れ、喪失と再生。
簡単に言ってしまえばそんな風なあらすじで語られそうな3巻だけど、読んでいて何度か涙が出てきました。だけど、どれも悲しい場面で泣いたのではなく、サトルを見守る家族や、友人の暖かいまなざしに触れた時でした。
特に、大柄で控えめな沢さん!彼女はフルートの腕は伊藤くんにはとうてい及ばないのだけれど、思いやりにあふれ、人をサポートする能力に長けている。むしろ、世間では彼女が一番稀有で貴重な存在かも。沢さんが文化祭の演奏中に見せる究極のサポートが泣けます。それから、サトルが鮎川との友情を取り戻すところも。鮎川が後からサラリと洩らした言葉、「あんた知らないと思うけど、あの人たち、枝里子があんなことになって辞めたの、かなり怒ってたからね、いろんな意味で。」
その言葉のところでしばらく固まって、鮎川のセリフを3回読み返してしまった。みんな黙って、サトルのことを見守ってたんだなあと思って。
それから、全巻通して読んでいて心地よかったのが、サトルが自分が師事している音楽科の先生のことを、敬意を持って語っているところ。お坊ちゃん育ちだから敬語はあたり前なんだろうけど。サトルは音楽に対しても真摯に向き合っていて、それが先生に対しての礼儀にも繋がっているようで、丁寧できれいな言葉が新鮮で、清々しく思えました
そして、だからこそ、サトルが金窪先生に対してしたことは許されることではないけれど。というか、どうにもこうにも学校側が阿呆でしょう!とは思うけど。(これが大人のする事かと唖然としますが、タテ社会ではよくあることと納得もする恐ろしさ)
ただ、金窪先生の恋人の工藤さんも言っていたように、先生は、サトルをもう許しちゃってるでしょう。工藤さんが先生の傍に笑顔で居る限り、先生はこれからも大丈夫だって安心してしまうし、先生が相変わらずの先生っぷりだったので、それが何よりの救いに思えたのでした。
う~ん、やっぱりジャイブは名作ぞろいだ、恐るべしです。
紙の本
精一杯船を進める。いつか着く港で私を待ってくれてる人に、笑顔で迎えてもらえるように。
2011/03/20 11:02
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:はりゅうみぃ - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日の大震災で、ご被害・ご影響を受けた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
真心をこめて、この本を通じて、震災に寄せた想いを書きます。
*
恐ろしかった。心配だった。悲しかった。不安だった。
時がたつほど甚大になる被害状況に、ニュースを見るのが怖かった。
でも真実が知りたくて、見続けた。
震源地からかなり離れたところに住む私は、ありがたくも変わらずの日常を送れている。
定時に仕事に出かけられるし、節電対象区域でもなく、ガスや水道にも不自由ない。欲しい本だって、買えるし、読める。
同じ日本であれほど恐ろしいことが起きて、辛い思いに耐えている方が今この時もたくさんいるのに、私のこの幸せはどうだろう。
そう思うと、当り前の日常が心苦しくて、ましてや生活を楽しむことなんて不謹慎だと感じてしまう。
音楽など聴いていいのだろうか、絵など描いてる場合ではない、こんな時に本に感動するなんて…と思う気持ちを止められない。
本当に辛いのは被災された皆様なのに、こうして安全なところから悶々するだけの自分もほとほと嫌だし、どんどん心が沈んでいく。
結果、耳は音を拾わず、瞳は色を映さず、本を手にしてもページをめくれなかった。
ずっと、辛かった。
あれから1週間が過ぎて、やっとわかったことがある。
安全なところにいる申し訳なさや心苦しさ、重い状況を憂える気持ちは、心あれば感じて当たり前なのだ。でも、だからといって日々を、生活を、笑うことを、楽しむことを封印するなんて、誰も望んではいないはず。
被害を受けていないからこそ、私はこれまで通りの日常を楽しまねばならなかった。
だから、再び本を開き、読んで感じた心を記す。
あの時の私を今の私が抱きしめて、私にできるやり方で、私にとっての真実=想いを伝えていく。
*
震災後初めて読む本をこの作品に決めたのは、表紙イラストがかわいかったからという実にたわいない理由だったが、びっくりするほど面白かった。引き込まれた。
悟の乗る船の辿り着く先が知りたくて、1から3まで一気に読んだ。
「音楽を聴いている人は、その音楽に大いに参加している。」
本書で、作者はこう語る。
奏者と聴衆があって、初めて音は「音楽」となると言いたいのだろう。
同様に、本を読んでいる人も、絵画を眺める人も、全部合わせてその作品は成るといえる。
「芸術」とは、そこに込めた想いを伝えたい人と、込められた想いを受け取りたい人、そのどちらにも必要とされて生まれたものと思う。(私はマンガやお笑いも芸術=人が想いをこめて創ったものだと考えてます)
生まれた歌や絵やお話が、時代や世代を超えて伝承されてきたのは、人にはどんな時にもそれらが必要だったからだ。
時に知恵として。時に娯楽として。時に慰めとして。
生きるため。祈るため。
被害を受けた皆様を見舞う心と復旧への祈念を忘れずに、私はこれからも日々を過ごしていこう。
普段通りに、笑って、感じて、時に泣いて、精一杯船を進めよう。
いつか港に着いた時、笑顔で碇を下ろせるように。
そして1日も早く、1人でも多くの方が、読書や音楽の喜びをその手に取り戻されることを、ずっとずっと祈っていく。