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商品説明
学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説。【「BOOK」データベースの商品解説】
考えて考えて考え抜けば、意味の通る解釈がやがて僕に訪れる。小さかった僕は、それを神様のご褒美だと考えた−。学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
森 博嗣
- 略歴
- 〈森博嗣〉1957年愛知県生まれ。工学博士。96年「すべてがFになる」でメフィスト賞を受賞しデビュー。ほかの著書に「女王の百年密室」「スカイ・クロラ」など。
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紙の本
まだ総括していなかった自分の過去の記憶を目前に提示された気がした。
2012/01/23 23:27
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:uh312 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この数年で読んだ小説の中で最高の評価を与えたい。
はるか昔の狂おしいまでの個人的な経験・記憶がそのまま小説になって現れた感じがした。
読んでいる途中でそれに気付きながら、最後まで一気に読んだ。
読むのに時間をかけていられないほどの切ない感情がどんどん胸の奥底から湧きあがって止まらなかった。
文字を追いながら表紙を伏せ、数秒深呼吸してはまた本文に戻るという作業を何十回も繰り返した。
胸の奥深くに残っていた昔の記憶が強烈にえぐられていくのがはっきりとわかった。
結論から言うと本書の結末は、やや意外な展開と余韻で終わる。
理系大学の学部・院という、社会から見れば特殊な異空間にも人生ドラマは存在する。
学内や海外の学界での評価基準は一様ではないのに、いちいち一喜一憂せざるをえない不安な道だ。
その体験を回避しつつ留学などで要領よく生きていった先輩たちへの羨望もあった。
しかしその苦しい生活自体が今思えば幸福だったし、実際に日常の小さな喜びもあった。
それでもそんな小さく複雑な時間ですら当時の自分には抱えきれていなかった。
時間が過ぎて場所も変わった今でもなお、自分はそんな迷いを続けているのかもしれない。
時代の変遷は怖い。過去に気付かなかった幸福を今の自分なら感知できたりする。
そして当時感じていた幸福が残酷な結末を招く例も、今日の自分はいくつも見聞きしてしまっていたりもする。
自分の幸福・不幸センサーが今も昔も精度が悪い事実を再確認しろと、この本は私に迫ってきた。
そんな感覚が混然一体となり、過去とは違う新鮮なほろ苦さが読後の頭に重く残った。
読了してからしばらくたった今ですら、レビューをここに書くための適切な言葉を思いつけないでいる。
私にはこれを森博嗣が書いたことが衝撃だった。
たしかに本書は作者の人生を通り過ぎた死屍累々の理系人への鎮魂歌なのかもしれない。
スプートニクの落とし子たち ←この本の著者が書いたのなら理解できたのだが。
やはり森博嗣はあの世界で生きる人たちの心のかすり傷や、そこにある闇の深さを分かっているのだ。
不十分なレビューで申し訳ないが私は数年してから再読すると決めた。
しばらくはこの本に接するのがつらすぎて、本棚の裏に隠して置いてもきっと数年は手を出せないだろう。
なお、私が一番感情移入した登場人物は主人公だった(喜嶋先生を含む周囲の人たちではない)。
私の周囲にも似た人々が多すぎたのか、場面をリアルに想像しすぎて記憶の走馬灯が脳内を止まらなくなってしまう。
小説は若い頃に読めとはよく言ったものだが、こういう意味も含まれていたのだろうか。
どうやら私はこんなに年月がたったのに、自分の学生時代を総括できていないらしい。
そんなことだけはこの本ではっきりと思い知らされた。
文学的評価はわからないが、小説が読者(私個人)に及ぼす力としては文句なしの出来だった。
ただし、理系大学を経験していない他の読者にとって、この本の評価は未知数であることも申し添えたい。
紙の本
静けさの陰の劇的世界
2011/10/10 13:37
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルに言う「静かな」は、もちろん直接には、登場人物である「喜嶋先生」の世界についての言葉である。だが「静か」という印象は、この物語全体についてあてはまるものだろう。大学時代から、少しずつ研究者の世界を歩んでゆく語り手の人生は、普通の、世間的な見方からすれば、(おそらく結末を除けば)ごく静かで、なんらドラマチックなものではない。しかし実はそこでは、一見動かない物体が量子レベルではとんでもない激しい運動を内包するように、個人の知的なレベルにおいては実に劇的な動きを伴っているのだ。
ここで語られる学問的な内容を理解する必要はない。それは理系の研究者であってすらも、語り手と喜嶋先生以外には誰にもわからない、と何度も述べられている。特化した研究というのはそういうものなのだろう。だからといって読者が置き去りにされるわけではない。語り手の興奮を読者も共有できるからである。外からはなかなか見えない大学の実態がよくわかるだけでなく、学問の世界の魅力、その奥深い求心力、知的な生活の豊かさがしっかり伝わってくるのだ。静かな生活の中に展開するドラマチックな知的興奮。外と内、静けさと激しさとの二重性とバランスとが不思議な心地よさを呼ぶ。
そしてそれは、一見平凡な日常がどれほど豊かになりうるかという例でもある。喜びとか幸福とかいうものは、決して目に鮮やかなドラマとか、華々しい活躍だけのものではない。この小説が伝えるのは、平凡な人生を生きる我々の前にも拓かれているそういう可能性であり、希望ではないだろうか。静かに、しかし力強く、元気を与えてくれる小説なのである。
だが、喜ばしいだけの話でもない。語り手が社会的に安定した後の結末のトーンは切ないものだ。平凡さの陰に刺激的な人生、喜びがあるように、やはり苦さも潜むのである。平凡さの中に無限の喜びを見出した後で、我々が主人公とともに経験するのは、遠ざかった人々についての、わずかな風の便りが伝える人生の重さ、苦さなのだ。ここにも、表面では見えない人生の奥深さがある。それにしてもこの切なさ。この作家の小説は初めてだが、きっとこうした切なさは作家の根の部分にあるものだろう。
ミステリー作家として、とくに若者に人気らしいこの作家のことはほとんど知らなかった。初めて意識したのは、『スカイ・クロラ』という映画が出来て、その原作者として話題になった頃だろうか(クローラーと伸ばすことをしないのがこの作家のスタイルらしい)。しかし書いているものはあまり自分に合うようには思わなかった。だがその作家が大学の研究者であり、さらに研究者を主人公にした本を出したと聞いて、あらためて興味を持った。ほかの作品とはイメージが合わないから、やはり異色作ではないだろうか。
読んでみて、これは自伝ではないのかと思った。一般に、小説の中身と事実とを安易に重ね合わせることはよくないとされている。フィクションにはそれ自体の存在理由があるからだ。だがこの小説の場合、書いてあることは限りなく作家自身のことではないかと思わせるものがある。学問に対する感じ方などは間違いなくそうだろう。むろん名前やエピソードなどは変えてあるかもしれないが、喜嶋先生のモデルも実在するに違いない。どこまで本当なのか知りたくてしょうがなくなる。そう思わせるのも、やはりこの森博嗣というユニークな作家の魅力なのだろうと思う。大学教師で作家というのは他の例もあるわけだが、何かそれだけではない独特なものが感じられる。調べてみると、既に大学はやめていて、作家稼業にしても、あと数冊予定のものを書いたらやめると言っているらしいではないか。
こうなると今後についても目が離せない。
紙の本
「あの素晴しい時間はどこにいったのだろう?」
2011/02/28 11:25
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:るるる☆ - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公橋場が大学、大学院を経て研究者となるまで辿ってきた、大学での日々や指導者である貴嶋先生との出会い、共に研究に没頭した「静かな世界」が、美しく、静かな文章で描かれています。
大学というのは、教育を受ける場ではなく、学問をするところ。
当たり前のことなのですが、ほとんどの人が中学や高校の時と同じ感覚で、
授業を受けるため、単位を獲得するために通っているのだと思います。
子どもの頃、学校の授業はそっちのけで熱中するほどの科学少年だった橋場も、3年生までは、高校の延長で惰性のように講義を受ける大学生活に失望していました。
しかし、ゼミでの指導院生の中村や助手の貴嶋先生との出会いで、研究の面白さにのめり込み、どこまでいっても到達できない、無限に広がる学問の深遠さを実感し、大学の意義も知るのです。
寝食も忘れて、人間関係にも俗世間のことにも無関心で純粋に研究に没頭する毎日が、大学にはあったのに、年齢とともにそんな静かな世界から、引きずり出されていく。
様々な雑事に煩わされて、研究に打ち込む時間も減っていく・・。
「一日中、たった一つの微分方程式を睨んでいた。
あの素晴しい時間はどこにいったのだろう?」
助教授になった橋場が、もう研究者とは言えなくなった自分の立場を憂い、
そして生涯、純粋な研究者としての生活を今もどこかで続けておられるであろう貴嶋先生への憧憬から、押し寄せる感情の波を描いたラストに胸がいっぱいになり、しばらく余韻に浸ってしまいました。
紙の本
喜嶋先生の世界は、本当に静かだったのか?
2020/11/25 13:06
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:遊糸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一時は理学系の研究者を志したことのある人にとって
とても懐かしさを覚える描写に胸が踊った。
そうそう
こんな人もいる、あんなこともあるね、と。
そして随所に溢れるユーモラスな表現で
楽しく読み進めることができた。
このまま終わらず、頁を繰り続けたいと思った。
しかし
このような終わり方しかないのだろうが、
この結末には些か落胆を禁じ得ない。
面白く読めたが、再読する気にはなれない、かな?