紙の本
ホントに日本の風景かわるかも。
2020/07/21 13:58
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タオミチル - この投稿者のレビュー一覧を見る
タイトルにある「一次産業×デザイン=風景」は、グラフィック・デザイナー梅原真氏の仕事の信念というか、もうすでに生きる信念のように思えた。本書は、その信念を貫きつつ、創り出してきた様々な作品集。
多くは、モノはいいかもしれないが、それだけでは全然見向きもされない。それどころか、消え行きそうな地方の一次産業に、その根幹となる価値を見出し、デザインし、世間に認知させてゆくその一連の物語でもある。いやそういったほうがしっくりくる一冊です。けっこうしみじみ感動しました。
投稿元:
レビューを見る
一次産業をデザインする。
商品を売れるようにデザインする。
デザインというと見た目がかっこいいだけかと思われがち。
でも、本当のデザインとは、ものの本質を見極めて
いろんな人に理解してもらえるように
理解しやすい形にすること。
その商品のメッセージが届くように。
投稿元:
レビューを見る
面白い試みが沢山!
「一次産業×デザイン」の成功事例だらけ。
読みゆうと、自分も動き出そう、挑戦しよう、という気になるちや。
依頼者(登場人物)がみーんないきいきしゆう。
作者は、愛情たっぷり目線でおんちゃん達を見てるんやおな。
作者の梅原真さんを存じ上げんかったがやけど、
あのTシャツアート展の企画者。
原研哉さんのような大男で、原研哉さんと仲良しな方。
【わざとエセ土佐弁で書いてみました。】
投稿元:
レビューを見る
高知は四万十川に住み、地元や日本の各地方の一次産業とデザインワークを掛け合わせることで、新しい価値を生み出し、日本の「風景」を作り直すことを実践してきた梅原真さんの作品集。
嫉妬を覚えるほど、いい仕事だと思った。自分がやりたいことの殆どがここにある。こんな事が他でもできないだろうか。
深く考えさせられる本と出会ってしまった。
投稿元:
レビューを見る
今週おすすめする一冊は、高知県在住のデザイナー・梅原真氏による『ニッポンの風景をつくりなおせ』です。
梅原氏は「一次産業にデザインをかけあわせる」ことを仕事にしています。一次産業は厳しい状況に置かれていますが、一次産業にデザインをかけあわせれば、新しい価値が生まれ、経済が回り始める。経済が回れば一次産業が生きのびることができて、その土地の風景が残る。つまり、「一次産業×デザイン=風景」という方程式が成り立つことになります。
この方程式に従って梅原氏がどんな風景を残してきたか。それを紹介する本書は、これまで関わってきた仕事を一つ一つ説明する作品集の形をとっていますが、作品自体についてはほとんど語られません。語られるのは、土地土地で根を張って生きる人々のことであり、その人々の営みがつくり出す風景のことばかりです。
そうやって語られる人々や風景の何と魅力的なことか。どの写真にも、そこで生きる人々の息づかいが感じられます。結局、ニッポンの風景というのは、人々の営みがあってこそのものなのでしょう。確固とした人々の営みが、その土地ならではの独自の風景をつくるのです。
であれば、人々が暮してさえいれば、一見ないない尽くしのように思える場所にだって、必ずや残すべき風景、伝えるべき風景が見つかるはずです。梅原氏の言う「デザイン」とは、その風景を探り当て(或いは人々がこれからつくりだすであろう未来の風景を想像し)、それが伝わるようなコミュニケーションのあり方を考え、形にしていく営為なのでしょう。
そこに人がいれば残すべき風景がある。人が集まってくれば、新たに伝えるべき風景を生み出すことができる。そして、自分達の風景がある限り、人はその土地に希望を持って住み続けることができる。つまり、「風景を残すデザイン」とは、人々の希望をつなぎとめるデザインでもあるのです。人々の希望をつなぐデザイン。それこそが、真にクリエイティブで意味のあるデザインではないか。本書に出てくる生産者や依頼人達の素敵な笑顔を見ていて、そんなことを考えさせられました。
希望と勇気と元気をもらえる一冊です。是非、読んでみてください。
====================================================
▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)
====================================================
大方町の空を自分が鳥になった気持ちで見たとき、そこには4kmの砂浜があり、それにそって松林があり、砂地にはラッキョウ畑がある。沖にはクジラがいて、ウミガメが産卵に来る、鳥が浜辺を歩いて描いた足跡、風紋や波紋、海辺には植物があり、そして、磯遊びをしている子どもたちの笑い声がある。そんな風景を思い浮かべていたら、クジラから子どもたちまで、ここにあるすべてが作品に思えてきた。そうだ!「砂浜美術館」構想だ!
自分のモノサシがあるということ。人のモノサシに左右されず、私たちはこの砂浜が好きなんですということの方が、ユタカなことであって、「私の町には○○がない」といっているのはかっこ悪い。
2月初旬、漁師たちは待ちき���ず漁に出る。岸壁で家族が見送る。岸から船が離れた瞬間から約10ヶ月、海という液体の上で暮らす事になる。翌朝、夜が明けるころから漁が始まる。きつい仕事だ。一次産業の底辺。こういう人たちこそ豊かに暮らせるような社会でなければ!
情報を一つの凝縮された形にして、端的に生活者に受け渡すコミュニケーションデザイン。そのパイプを、いかに太く設計できるか?失敗・成功はコミュ二ケーションデザインの優劣にかかっている。
気をつけたのは、あまりデザインをしないこと。一次産業の現場にデザインが入りすぎると、何か違うものになる。漁師がデザイナーと組んで何やり始めたんやろう?という変な違和感が生まれる。デザインを極力少なめにセットすること。(…)
1〜2年するうちに、この商品をギフトにしたい、という声がたくさん出始めた。自家用ではなく、少し「アリガタイ」形が必要になってきた。このあたりから、デザインを意識的に加え始めた。
新潟中越のお国言葉。「のびのびして芯から気持ちいい!」ことをいいます。大きく、ゆったりとした音感「じょんのび」。なんとその語源は、「じょん」は寿命の「寿」、「のび」は「延びる」。これを合わせて「寿命が延びるようだねェ〜」というのです。新潟県刈羽郡高柳町(現・柏崎市高柳町)。この町では、村の生き方を「じょんのび」に託して、豊かな農村を築いてきました。
ニッポンの飛び地、ニッポンの離島が、その個性を生かし、あたらしい価値を生み出すクリエイティブ。ローカルがユタカでなければニッポンはユタカではないのである。
「ご馳走」という言葉に「走」がついているのはなぜか?客人のため、おいしい水を走りまわって探しに行くからだ。
ユタカとは、与えられるものではなく、自分自身の中から生まれ出るものだと悟った。
農産物のデザインはむつかしい。おしゃれになると「おいしくい」。それらしくやると「ダサイ」。
高知県の84%はCO2を吸収する森。「なんてステキ!」 と言ってしまえば、製造品出荷額第47番目の経済県のコンプレックスも「ハナハダユタカ」に変身してしまう。「考え方」で人はユタカになれる!
1979年12月、アメリカから帰国したボクは、東京八重洲口の歩道を歩いていた。ふと横を見るとホッかぶりをした高齢の婦人が、寒風の中、宝くじを売っていた。売り台の下には白いビラがあった。
一行目「黙って買う」。
二行目「祈る」。
三行目「当る」。
ボクは、吸い寄せられるように宝くじを買った。当らなかった…。コミュニケーションデザインとは「この絵」のようなものではないかと考えるようになった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●[2]編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
連休二日目の日曜日は半年ぶりに家族で秩父に行ってきました。
いつもの通りまずは三峯神社にお詣りです。いつ来ても本当に良い気の流れる場所で、すーっと息を吸い込むだけで、渋滞の疲れも吹き飛びました。疲れて寝ていた娘も、三峯に着いた途端、超ハイテンション。やっぱり空気の違いを感じるのでしょうね。
今回初めて気がついたのですが、本堂に覆いかぶさるように生えているスギは、推定樹齢800年だそうです。これまで見た事のなかった看板が立っていて、霊木だから、この前に立っていい氣をもらいなさい、と書いてあるではないですか。今まで何度も来ていながら、こんな立て看板があるのを見たのは初めてです。世のパワースポットブームに便乗しての神社側の配慮でしょうか。
ともあれ、その大木の前に立って深呼吸をし、木肌に両手を当ててみたら、穏やかだけれど、物凄く力強い生気が伝わってきました。気のせいと言えばそれまでですが、800年生きてきた生命のみが発する力、としか言いようのないものが伝わってきて、すごくドキドキしました。
その後、木と対峙する姿勢ではなく、背中をぴったりとつけて木に身を預ける格好になってみたら、これが素晴らしく気持ちが良いのです。大きなものに包まれる安心感と、身体の中にエネルギーがすーっと通る爽快感。身も心もすっかり浄化された感じで、ちょっと言葉にできないくらい気持ちのよい体験でした。
投稿元:
レビューを見る
一次産業が日本の風景を紡ぎ出している。風景をみれば、その国がどんな国かがわかる。明解なコンセプトとユーモアあふれるアイデアで一次産業にデザインを掛け合わせ、数々の「一次産業×デザイン=風景」を商品化。梅原真のデザインの力と地域とモノづくりに関わる人々を愛する情熱が伝わってくる。
○犬も歩けば赤岡町
○鶴の湯
○いまさらおけを考える会(桝一市村酒造場セーラマリカミングス)
○近藤けいこのナチュラルベジ
○とさのかぜ(高知県広報誌)
○黒田征太郎「とべない鴎」
投稿元:
レビューを見る
グラフィックデザイナー梅原真さん・・「一次産業×デザイン=風景」という式を創った、高知の「アカンヤンカ」マン。
知らない人は少ないと思いますが・・
土佐の一本釣り鰹のたたき、四万十緑茶などの商品開発で知られています。
砂浜に多数のTシャツを掲げた「砂浜美術館」なんてのもありますね。
単に売らんがためのデザインとも、エコロジーやロハス、スローライフなんていうのとも違う・・
まあ、その辺は、読んで感じていただくしか無いと思います。
「土佐の一本釣り鰹のたたき」が売れたおかげで一本釣り鰹漁が生き残り、「四万十緑茶」が売れて茶畑の風景が今もある・・そう考えると、なかなか凄いことです。
投稿元:
レビューを見る
高知、四万十川。
梅原さんのデザインは、分かりやすくて、強くて、カラッとした笑いがある。私もこんなデザインがしたい。
感覚的な良さだけでなく、売れる戦略がよく考えられている気がした。略歴を見たら、梅原さんって経済学部の出身だったのね…。経済×デザイン、強いはずだー。かっこいい。
そしてこの人の文章、語呂が良くて読んでいて楽しい。
投稿元:
レビューを見る
デザインによる一次産業への付加価値創出を実践している著者の作品集的な一冊。もっと根掘り葉掘り聞きたくなるが、そこはカタログ的な扱い、ということだろうか。個々の事例は非常に興味深い。
投稿元:
レビューを見る
有名な馬路村のゆずポン酢はこの著者のデザインだったのか。読み物というよりはデザイン事例集という感じなのが惜しい。地方の産業を活性化させることは難しく、成功事例も少ないが、著者のように地域に腰を据えて取り組んでいくデザイナーが増えてくれば、変わっていくかも。
投稿元:
レビューを見る
高知在住の梅原真氏が、主に地元高知の一次産業と行ったブランディングデザイン事例の数々。写真もきれいで、梅原さんや製作者の人となりもあふれててステキな本です。
一次産業Xデザイン。
二次産業Xデザイン。
今ブランディングデザインが最も必要とされてる産業界や零細企業。
良いものはあるのに、市場に打って出れない。
かっこよすぎます、梅原さん!さすが竜馬の国の人。
ただでさえ生活の根源の「食」を外国に握られてる危うい日本。その他の産業もこのままでは次々と他国に取って代わられてしまう危機も迫ってる気がするので、竜馬は外を見据えて戦略を立てたけれども、今は外を見るために、足元を手堅く固めていきまっしょい!と言いたい。
木製8X4標識色々はぜひ実現していただきたい。ステキだろうなー・・・。
投稿元:
レビューを見る
一次産業×デザイン=風景。
かなり直球でわかりやすくシンプルな梅原さんのスタイルが好き。
この方の周りはいつも気持ちいい空気が流れてるイメージ。
日本の産業はこういう視点がとても大切になるし
今後、世界的にみても「見せ方」が重要。
「3年で3億稼げるよ」みたいな話は
デザイナーらしからぬ言葉だけども
現場はこういう直球の言葉じゃないと動けないかもしれないなあと思った。
投稿元:
レビューを見る
梅原さんのデザインはシンプルで力強い。
そしてそれ自体が自立して継続してゆく。
一次産業には心強い味方である。
投稿元:
レビューを見る
発想というのは経験の蓄積、そこからの見方、そして人の衝突が織りなす出来事であると思う。
問題意識を持つことが日常の視点に大きな転換をもたらすのは体感したところで、
その時々の見方さえあれば、自然と発明は生まれうるのかなと。
そういった意味では今現在自分は何を見、どこに問題点を置き立脚しているのか、その確認は怠ってはいけない。
と、同時に、課題や問題を外から投げ与えてもらえる環境に常にいたいということも感じる。
また、地域再生と言葉に違和感を抱くのは、
「ないもの」を探す視点が、その言葉に孕むからである。
必要なのは見方だ。転換だ。
視点の転換を大衆に働きかけることが出来れば、
驚くほど社会はうまく循環するんじゃないか。
投稿元:
レビューを見る
一次産業にデザインをかけ合わせて「あたらしい価値」をつくる。どこへ行っても同じ風景のニッポンなんてきらいだ。「ラツキョウの花見」は残して置きたい風景を見つけられるかにかかっているけど、仕掛けとしての「句箱」を畑に置いてラッキョウの「句集」を作っちゃおうというアイデアがすばらしい。ビジネスモデルというと怒られそうなので、成功のストーリー作りがうまいと言っておこう。私的には「土佐 一本釣り 藁焼きたたき」の後日譚がおもしろかった。