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紙の本
ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言 (光文社新書)
著者 中川 淳一郎 (著)
インターネットは気持ち悪い−。ニュースサイトの編集者である著者が、「頭の良い人」ではなく、「普通の人」「バカ」がインターネットをどう利用しているのか、そのリアルな現実を、...
ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言 (光文社新書)
ウェブはバカと暇人のもの~現場からのネット敗北宣言~
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商品説明
インターネットは気持ち悪い−。ニュースサイトの編集者である著者が、「頭の良い人」ではなく、「普通の人」「バカ」がインターネットをどう利用しているのか、そのリアルな現実を、現場の視点から描写する。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
中川 淳一郎
- 略歴
- 〈中川淳一郎〉1973年東京都生まれ。一橋大学商学部卒業。博報堂CC局などを経て、編集者・PRプランナー。ネットでの情報発信に関するコンサルティング業務なども行っている。
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書店員レビュー
私事だが、パソコンに...
MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店さん
私事だが、パソコンに触らない日は無いし休みの日はほぼネット漬けである。
「今のご時世に挑戦的なタイトルだなぁ」と(自分のことは棚に上げ)
この本を読んでみた。
著者の言わんとすることは、徹頭徹尾、マジョリティとしての「ネットユーザー」は、そのほとんどが
上下構造の”下”として、他のユーザー、団体、もしくは「リア充」(説明は割愛)に利用、翻弄されているだけである、と言うことに尽きる。
ブログを創れば炎上し、質問すれば「ググれカス」と言われ、広告は出鱈目ばかり。
でも最後まで読んでも特に憤慨したり暗い気持ちにはならなかった。
書かれていることはネットユーザーは”そんなことはすでに知っている”
ことである(と思いたい)からだ。
ネットは今や成熟し、黎明期ならいざ知らず人々はモニタの向こうに
過度の期待や希望をよもや見出していない(と思いたい)。
著者は最後に言う。「ネットなんてやっても時間の無駄」。
そうかもしれない。でも解っていてもやめられない。
そしてこの著者も、本当はネットが大好きなのだ。
札幌店 コンピュータ担当 佐藤
紙の本
否定できない共感がある
2009/07/06 21:09
15人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
僕が惹かれたのは『バカと暇人』という扇情的で挑発的なタイトルではなく、『現場からのネット敗北宣言』というサブタイトルのほうだった。そこには「対岸の火事」でも「傍目八目」でもない、言わば膝までぬかるみに浸かってしまった現場的な悲痛な叫びが感じられる。高みからでも遠くからでもなく、斜に構えるのでも卑屈になるのでもなく、全ての現象の渦中にあって身を以て獲得した実感が込められている。──僕はそこに共感してこの本を手に取り、読み終えてやはり否定できない共感がある。
この本は全てのウェブ万能論的な言説に対する異論であり、「はじめに」のパートでは象徴的に『ウェブ進化論』(梅田望夫・著)が槍玉に挙げられている。
そして、当の梅田望夫氏がこの本を読んで「彼の書き方はフェアだなという感じはちょっとしたんですね。そう言われればそういう切り分け方はあるんだろうなと思った」(ITmediaのインタビュー)となまじ否定的でもないことを言っているように、どうしようもなく痛いところを突いているのである。多くを語らないままウェブ評論的な仕事から手を引いてしまった梅田氏は、まさにこの本にあるような障壁にぶち当たってしまったのではないだろうかと想像がつく。
しかし、よく読めば著者は『ウェブ進化論』的なる考えを全面否定し、梅田望夫的なる営みを徹底罵倒しようとしているのではない。ここら辺りがこの著者の偉いところであり、何故それができるかと言えば彼が長らく「現場」に腰を据えて自分の眼で見て自分で考えて乗りきって来たからである。
著者は言う:「もちろん、知的で生産性のあるコミュニティは存在するし、ネットを使ってさまざまなものを生み出している人はいる。だが、多くの人にとってネットは単に暇つぶしの多様化をもたらしただけだろう」(241ページ)と。
これはこんな風に言い換えることだって可能ではある:「もちろん、多くの人にとってネットは単に暇つぶしの多様化をもたらしただけかもしれない。だが、知的で生産性のあるコミュニティは存在するし、ネットを使ってさまざまなものを生み出している人がいるのも確かである」と。しかし、そういう語順で語る気にはどうしてもなれないところに、ウェブの持つどうしようもない暗黒があるのである。
できれば『ウェブ進化論』とセットで読むのが良いと思う。あれもなかなかポイントを突いた名著であると思う。そして、この本はそれに対する反面の真理である。あくまで「半面」の真理でしかないが、どうしても拭い去ることのできない「半面」なのである。
by yama-a 賢い言葉のWeb
紙の本
タイトルは過激ですが・・・
2012/07/25 21:47
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サクちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
良書であります。他の本は頭の良いというか素晴らしい技術の紹介です。それはそれで読みごたえはありますが、本書はドロドロ?としたネットの現状を紹介しています。
紙の本
ネットへの幻想はもういいんじゃないの。
2009/05/26 13:56
11人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近流行の眼をひくタイトルで釣る新書かと思ったら、そんなことはなかった。ネットの現場で体感、痛感したことを、振り返って、小気味良いくらいに、呆れながら、怒りながら、笑いながら、本音で書いている。いいぞ、いいぞ。と同意しながら読み進む。
ネットの正体もしくは本質がそんなすばらしいものじゃないことが、うすうす気づかれだしてきたのだろうか、以前のような手放しでネット礼賛というのは、ウケなくなってきた気がする。
たとえば、ネットで盛り上がっている、そのネタの出所はTVと新聞が大半ではないかと。昔の個人のホームページのように、子どものピアノ発表会の画像が何枚も貼られていてもなあ。「馬鹿と暇人」とて見ないだろう。
ウェブはフラット化された社会だから、プロもアマも同じ線上に立っている。それは、大きな誤解だと。編集者でもある作者は、編集者からの原稿の直しに応えられることや、常時安定した品質の原稿作成が維持できるのが、プロのライターだと。
なんだか暴言の書みたいな印象をもたれるといけないんで、きちんと書かれたところを紹介。
「ネットだからといって特別視するのではなく、ふだんの企業活動をキチンとやり、「あ、これはネットに向いているから、ネットでやってみるか」とそのつど判断するだけでいいのだ。」
「ネットに向いているから」―ちゃんと企業も広告会社もメディア戦略を考えているだろうか。とりあえずビールならぬとりあえずウェブ。
「そして、ネットに対する正しい理解を持ち、「ユーザーはみんな善人で、企業のことをホメてくれ、販促の後押しをしてくれる」という性善説に立った考えを捨てることだ」
性悪説。大瀧詠一の名言を引用するなら「失望したくないなら、期待しないことだ」。
「もう、ネットに過度な幻想を持つのはもうやめよう。企業は「ネットで商品が語られまくり、自社ファンが自然に増える」と考えるのはやめよう。一般の人は「ネットがあれば、私の才能を知り、私のことを見出してくれる人が増える」と考えるのはやめよう」
ほんとうに魅力ある商品ならば、ネットや広告などなくても売れるし、―ただし、そんな商品は滅多に生まれないが―ほんとうに才能がある人はネットなどなくても、自然発生してくると。
紙の本
ウェブ(ネット)は魔法ではなく、ただの道具にすぎない。問題なのは誰が使うか、どう使うかなのだ。
2010/05/09 00:29
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みす・れもん - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、ニュースサイトの運営業務を行っている著者が、ネットの有用性について過剰な期待を持つ人々を揶揄した(ように思える)ものである。
インターネットは、かつて限られた人々だけのものであった。使うのは、それなりにPCに関して、ネットに関しての知識を持つ人々。コストもかかり、自分の生活に必要なこと以上にネットを使うことはなかった。
しかし、今は常時接続環境が当たり前の時代である。
個人が自分のサイトを持つことも驚くべき事ではなくなり、ブログも山のようにある。それこそ玉石混合。
そして、大事なのはネットを利用する理由が必ずしも「自分の生活に必要だから」ということではなくなったということである。要するに、「他にすることがないな、暇だからネットでもやるか」というシチュエーションが増えたということなのである。
そうなると何が起こるか。
人は生まれつき善いものなのか、それとも悪いものなのか。
ネット上のコメント等を見ると、性悪説を唱えたくなる著者の気持ちもわからなくはない。
誰か(もしくは何か)叩けるものをみつけると、それこそ徹底的に立ち直れなくなるほどに、叩き続ける人たちが蔓延している。または、自分には関係のないことなのに優等生的なコメントで怒りまくる人々も多い。
ニュースサイトを運営している著者も、そういったコメントに悩まされ続けているようだ。それによって、ネット上の言論の自由が自主規制されてしまっているという。しつこいクレームコメントを処理するのに労力を使うよりも、最初からそういったコメントが予想されるような記事は載せないようにしようとするということだ。
なんともまぁ、息苦しい世界だろう。
以上のような著者のネットの向こう側の人々への愚痴・不満をつらつらと書き連ねた部分が本書の冒頭。
そして中盤は、TVは本当にネットに負けたのか?という疑問に触れている。
現在、ネットで話題になるもの、PVの多い記事の内容はTVから派生したものがほとんどである。ネットだけで流行ったものは、ネットのヘビーユーザーしか知らないものが多い。
常時接続が当たり前となった今であっても、ネット環境の整っていない家より、TVの無い家の方が少ないのではないだろうか。
TVの影響力はまだまだ強いのである。
ネットはまだまだTVには勝てない。
締めくくりは企業に向けての忠告と言ってもいいだろう。
ネットでのプロモーションに過剰な期待を抱くな、ということだ。
そして、お上品なものはネット上ではウケないということ。
著者に言わせれば、ネットなんて居酒屋のようなもの。そこでウケるのは、庶民感覚(B級感)の溢れるコンテンツである。
大企業ほど、自社のブランドイメージにこだわり、高級感溢れるサイト・コンテンツを作ろうとする。しかし、それではネット住民を取り込めないという。それは、一日中ネットを眺めている著者だからこそ知る現実なのだろう。
本書のタイトルは少々過激である。
ウェブは本当に「バカ」と「暇人」のものなのだろうか。
ウェブ(ネット)はただの道具に過ぎない。
それをどう使うか、誰が使うかが問題なのだろう。
「バカ」が「バカ」な使い方をするのか。
それとも「利口者」が「便利」に使うのか。
ただ、それだけの違いである。
道具は使い方次第。
自分のことも振り返りながら反省しつつ、この言葉を忘れずにいたい。
紙の本
ネットに対して悲観的にすぎる議論
2009/06/01 19:06
12人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Kana - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者がいうには,ネットでは 「バカ [= モンスター ?!] と暇人」によって,ちょっとしたことで炎上がおこるから,自由には書けない.それはそうだが,モンスターがいるのはネットだけではなくて,患者や児童・生徒の親や,そのほかいろいろなところにいる.だが,もの書きにとっては新聞・雑誌などの従来のメディアでは彼らが著者を直接攻撃できないように保護されているのに対して,ネットでは彼らを直接相手にしなければならないということだろう.だから 「ネガティブな書き込みをスルーする耐性が必要」と著者も書いているが,なかなか実際にはそうはいかず,サイトを閉鎖したりするハメになる.
ネットに期待をもてない著者は 「ネットでバカなこと,B 級なことができないのであれば,ネットでは最低限の情報公開を除き,何もすべきではない」 とまで書いている.しかし,かきこみの量では「バカと暇人」に勝てないものの,従来のメディアには書けないか書きにくいことに関する賢い読み手やコメンターもいるのだ.何もしなければ,そういうひとたちとめぐりあうこともできない.ネットに対してあまりに悲観的なこの議論に同意することはできない.