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商品説明
怪物・江戸川乱歩、三好徹さんとの出会い、協会理事長としての松本清張さん、都筑さんとの「名探偵論争」…。作家・佐野洋が、日本のミステリー小説の歴史を綴る。『本の窓』連載を加筆訂正し書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
佐野 洋
- 略歴
- 〈佐野洋〉1928年東京生まれ。東京大学心理学科卒業。読売新聞社勤務を経て作家に。「華麗なる醜聞」で日本推理作家協会賞受賞。97年日本ミステリー文学大賞受賞。
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なぜ日本推理作家協会賞を同じ人が何度も受賞してはいけないのでしょう。もし、複数回の受賞が可能であれば、賞の権威は海外の小並みに高かっただろうに。なぜか、その経緯は書いてありません。でも、推理作家協会のことについては歯に衣着せず書かれています。
2009/07/06 20:31
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本人の推理作家として、私がその理論を最も高く評価しているのが佐野洋です。佐野の文を読むたびに、いつも何かを教わります。ミステリにおける論理とはなにか、ミステリを書く上での心構え、守るべきルール、そしてミステリの楽しみ方。佐野自身の作品で確認することも楽しみですが、彼が他人の作品をどう読むかは、まさにお勉強です。
そんな佐野作品との付き合いは既に四半世紀を越えます。ところが私の記憶では佐野が自分の(作家)人生を語ったものを読んだ記憶がありません。無論、そうそう作家が自分の回想録を書いていたら商売にならないわけで、乱歩だって正史だってその手のものをそんなに書いているわけではありません。
ただし、です。佐野と両巨匠との間では決定的な違いがあります。そう、時代です。佐野が振り返る時間は、戦後です。それだけでも、乱歩・正史とは異なり、私の生きてきた時間とダブルところがあります。それをあの驚異的な記憶力と資料の探索能力で回想する、なんて素敵なんだ、って思います。
多分、あと五年待ったら書けなくなってしまう可能性が高くなります。そういう意味で、今の佐野にしか書けないミステリ回顧録です。ついでに書いておけば「探偵小説との半世紀」でもなく「推理小説との半世紀」でもありません。『ミステリーとの半世紀』、まさに佐野の時代です。ちなみに、今、50代の作家が将来書くとすれば「ミステリとの半世紀」となって「ー」が消えるはずです。
カバーが洒落ています。本を積み重ねた写真を使うこと自体は決して珍しくないし、色合いだって最近の上品な趣味本には時たま見受けられるものです。でも、それが実に「らしい」んです。ま、これが古書日記、古本探訪であっても不思議ではない、という意見もあるでしょうが、書痴間際までいった私としては、好きとしか言いようがありません。装丁・本文デザインはビー・シー、表紙撮影は長谷川 円、校閲は小学館クリエイティブです。
ちなみに、この本は、小学館発行の月刊誌「本の窓」(2003年5月号~2008年6月号)に連載した作品を加筆訂正したものだそうで、1回6頁が原則で纏まっています。脱線しますが、最近、初出について「・・・に連載した作品を加筆訂正した」と書かれているのをよく見かけます。加筆する場合は「作品に」、訂正は「作品を」ではないかと思うのですが「加筆訂正」の場合は別の「てにをは」ルールがあるのでしょうか。気になります。
内容ですが、旧制高校時代から新聞記者となり、奥さんとなる人と出会い、小説を書き始め、新聞記者を辞める。乱歩に認められ、三好徹に励まされ、仲間で推理作家協会賞を受賞し、会長になり、都筑道夫と探偵小説論を戦わせ、とまあ大変盛りだくさんですが、今まで他の人が書いていないようなことが多くて楽しめます。
普通なら身内といっていい推理作家協会の体質についてズバリと斬っているところも、論理派の佐野ならではのことではないでしょうか。そして佐野にとって誰が大きな存在であるかが次第に浮かび上がって来ます。振り当てられた頁数からいっても、先達としては乱歩が一番です。そして友人として繰り返し登場するのが三好徹。
そして理事を引き継いだ松本清張。ま、清張についてはニュアンスが違うのですが。私にとって印象的な言及は、中井英夫『虚無への供物』と、今までも何度か書いている都筑道夫との「名探偵論争」。特にシリーズ化についての見解は、その後、佐野自身が多くのシリーズものを書いているので ? と思いはするものの、論争当時は実に新鮮でした。
でも、それらの人々にも増して大切な人がいます。そう、若子夫人のことです。佐野は、あたかもミステリ作品で伏線を張るかのように、妻となる人とのことをさり気無く、それでいていつかは気づいて欲しい、そういう書き方をしていきます。それを含めて関連する文章を引用しましょう。文章最後の( )内の数字は文章が載っている頁です。
ところで、この文の少し前のほうに「店員の話では」という箇所があったのを、奇異に感じた読者もおられたことだろう。実は、その年の暮に、私と結婚したのがその女性であり、「店員さん」と「さん」づけにするのが憚られたのである。(8)
この年の九月二十三日の新聞休刊日、私は馬場若子(7ページに登場した書店の店員)と婚約した。(41)
この妻の手紙に、「今年から、あなたのことをメモに書く」とある。それがこの連載にしばしば出てきた「妻のメモ」の始まりだと思う。(317)
とにかく、この連載を書くには、「妻のメモ」はずいぶん貢献してくれた。このメモなしには、五十数回も書きつづけることが出来なかったのはたしかである。
妻にも改めて感謝している。(317)
80歳を過ぎていまもなお健筆を振るう巨匠には頭が下がるだけですが、それを陰で支えるのが若子夫人であることがよく伝わって来ます。彼女が働いていた書店では、さぞかし優秀な店員で、彼女が担当した棚などは整然としたものだったろうなあ、家庭人となっても、今度はそれが夫の創作を助けるという形で生かされてきたんだなあ、と二人三脚ぶりに感動を覚えます。
それにしても前述の8頁の文章、これぞミステリ作家の面目躍如、ではないでしょうか。