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紙の本
源氏物語のポリフォニー
2011/08/30 15:30
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かわうそ亭 - この投稿者のレビュー一覧を見る
大塚ひかり全訳の『源氏物語』(ちくま文庫)を、ところどころ山岸徳平校注の岩波文庫版で原文をたしかめながら読む。まずは第1巻、桐壺、帚木、空蝉、夕顔、若紫、末摘花、紅葉賀、花宴、葵、賢木までの十帖。
わたしは大塚ひかりという人のことはまるで何にも知らなかったのだけれど、本屋で時間つぶしをしているときに(最近は立ち読みではなくて座って読めるからありがたい)ふと手に取って読み出したら、これがじつに面白くて、待ち合わせの時間が来て本棚に戻すのが残念で思わず買ってしまったのであります。わたしにしてはめずらしい。
ところで、この全訳に対しては、あんなものをと眉をひそめるむきがあるかもしれない。
よく知りもしないくせになんでそんなことを言うかというと、巻末に著者の作品目録が載っているのだが、これがタイトルからして『カラダで感じる源氏物語』と『源氏の男はみんなサイテー』という挑発的なシロモノなんだなあ。ちょっと、前者を引用する。解説はどうやら古谷野敦らしい。
「エロ本として今なお十分使える『源氏物語』。リアリティを感じる理由、エロス表現の魅力をあまさず暴き出す気鋭の古典エッセイ。」
なんだかなあ、でしょ。(笑)
源氏を読もうなんて、せっかく殊勝な心がけであるならば、大谷崎もあるし円地文子でも、あんたの好きな田辺聖子だってあるじゃない、てなもんでありますよね。
なんで大塚ひかりなんて聞いたこともない(もちろんわたしが知らなかっただけ)人の全訳なのさ、ト。
答えは、だっておもしろいんだもの、ってことになるかなあ。
いまでこそ源氏物語は、世界最古の文学作品として、日本文化の精髄、ハイカルチャーの代表選手みたいに扱われているけれど、もともとあれは誨淫導欲の書で、ために紫式部は地獄に落とされたという説話もあったくらいなのである。淫蕩な要素を滅菌消毒してしまっては、その面白さは台無しである。
だから、この挑発的な本は、古来、堂上貴族やその姫君たちがカラダで堪能してきた読み筋を、ぶっちゃけこんな感じなのよね、と教えてくれるような破壊力がある。(ような気がする)
その仕掛けのひとつは、「ひかりナビ」という解説だろう。
本文の区切りのいいところで、そこまでの話をまとめたり伏線を張ったり、出典や言外の意味、ときには定まっていない専門家たちの解釈を紹介したりして、ちょうどいいリズムで読めるんだな。若い姫君に女官が、源氏を語りながら、ときどき、「姫、ここはこういう意味なのでございますよ」なんて解説し始めるような塩梅で、おそらく源氏というのは、本文のヴォイス、登場人物それぞれのヴォイス、そして主人に語って聞かせている当の読み手のヴォイス、そういう多声的な語りが、聞き手である「読者」の体に沁み込むようなものだったのではないかしらん。そんなことを読者に納得させるよい本だと思うなあ。