紙の本
「世界中の向こう岸を解放したい」
2011/07/17 03:46
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:まむ - この投稿者のレビュー一覧を見る
物語は近未来の日本と思われ、人々はロボットとの恋愛に夢中になっている。生身の人間より何でも言うことの聞く、言わば理想形のロボットと疑似恋愛をする。主人公・拓郎の恋人であるのが、もう一人の主人公、ロボット・小雪だ。
この小雪というロボットが「心」を持ってしまうことから、この物語は大きな山場を迎える。
そんなロボットと暮らすほど裕福な社会がある一方、「向こう岸」と呼ばれる言わば「スラム街」が登場する。そこは、ロボットの維持費より使い捨ての人間の労働力の方がよっぽど安上がりな世界だ。経済的に一度踏み外すと、「向こう岸」で暮らすしかなく、「こちら側」には戻れない。
その「向こう岸」には、「分子力発電所」という施設がある。株の大暴落でお父さんの会社が潰れ、「向こう岸」に家族で行かざるを得なくなった拓郎の親友・広瀬が、その劣悪な労働条件下で働くことになる場所だ。母はゴミ山で缶を拾い、父は仕事にありつくことができず、「赤血球」を売ったり腎臓を30万円で売ってしまったりする。
広瀬は、分子力発電所での日雇いの労働者から、次のような言葉を聞く。
「富を作り出すには3種類の方法があるべや/ひとつは地球から搾り取る方法/石油・資源・水・作物すンべて地球から取り出したものだべ?/あとは人間/俺たち下っ端の人間から時間と労力を搾り取るべさ/最後に未来の子供たちから搾り取る/国の借金、自治体の借金/手にするのは現在のお金持ち、支払いは未来の子供たち…」(p.133)。
「向こう岸」とは、人間をモノとして扱い、「下っ端の人間から時間と労力を搾り取る」システムのことだ。「向こう岸」は生きるために犯罪が絶えず、生きるためにはどんなことでもしないといけない街だ。人間が「生きるか死ぬか」の二者択一のギリギリで生きていく場である。その社会では事件があろうとも決してニュースになったりすることのない社会だ。正しい情報が報道されない、むしろ隠蔽される社会だ。
拓郎たちのいる社会は「向こう岸」があるにも関わらず、「向こう岸」を見ようとしない。「何か大変なところ」、「こわいところ」、「負け組」の行くところ、という認識くらいしか人々は持ち合わせていない。自分たちとは無関係な場所であると。
ロボットの小雪はこう言う。「私はこんなひどい世界を変えるつもりです/ロボットの私がこんなことを考えるのはいけないことでしょうか/でも人間にはこの社会を変えることはできないと感じています/だから私がやるしかありません」(p.166)と。
小雪はなぜ、どうして「でも人間にはこの社会を変えることはできないと感じて」いるのか。今の私たちが考えなくてはいけない問いではないのか。
そんな「向こう岸」に疑問を持ち、なぜ貧富の格差があるのか、どうしたら解決するのかと真摯に考え行動するのが、心を持ってしまったロボット・小雪なのだ。「世界中の向こう岸」を解放したいと考え、実際に小雪は行動に出る。今ここにある「向こう岸」の人々を解放することから。
「情報は世界を変えます/それが真実の情報ならなおさら」(p.151)とロボット・小雪は語る。
本書は、業田良家の漫画、2008年の作品。
紙の本
いろいろと
2022/05/24 01:46
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:きりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
格差社会についていろいろと考えさせられる内容ですが、読み手を選ぶかな……ロボットだけでなく、人間も立ち上がらなければ。
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[掲載]2008年8月24日
[評者]山脇麻生
人が人型の恋人ロボットと同居する近未来。どこか変だけれど、実現しそうにも思える世界を生きる高校生・拓郎が所有しているロボット小雪は、洗濯物もロクにたためない旧型。だけど、失敗を温かく受け止めてくれる人々と共に、楽しい日々を送っている。
物語の前半に描かれているのは、平穏な日常だが、しばしば挿入される“向こう岸の街”のエピソードは、「平和の裏側で、何かヤバイことが起こっている」と読者の背中にゾゾゾとしたものを這(は)い登らせる。
物語の後半、拓郎の友人一家が向こう岸に行くことを余儀なくされるのをきっかけに、小雪に大きな変化が現れ始める。強い感情を持ち、事実を繋(つな)げて思索し、行動し始めるのだ。小雪の覚醒(かくせい)と同時に描かれるのは、向こう岸の現実。そこは、格差が進んだ社会の底辺で、救いようのない貧困が、人から理性さえ剥(は)ぎ取っていた。その事実を自らの目で確かめた小雪は、一部の人間に富が集中しているこの国の管理・運営に問題があると気づき、ある主張をするのだが――。
もちろん、純粋にストーリーだけ追っても十分楽しめる作品だが、現代社会への警鐘や、人が犯してきた諸々(もろもろ)の過ちや悪習に対する批判とも取れ、読むたびに印象が変わる。ひとつ確実に言えるのは、矛盾だらけの「今」を、4コマという最小の表現手段で、これほどビビッドに描いた作品は他にないということだ。
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コミックだけどもう哲学だと思う。
最初はばかっぽくて笑えてたのに、最後には号泣してしまう。
自虐の詩のときも同じだったな~
なにより絵がかわいいな~。こんなかわいい女の子かけるのかよ!ってすごくびっくり。
あと個人的には手の書き方がすきです。
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傑作『自虐の詩』から幾年かを経て、再び同名を冠した作品。
これまでも『ゴーダ哲学堂』というシリーズの中で人間に使役するロボットをモチーフとした短編を何篇も発表しているが、『自虐の詩』同様の形式でギャグ四コマから怒涛のストーリーが展開されている。
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第一話目を読んであの結末は想像できない。まさかの展開に打ちのめされた。業田義家独特の冷静な人間への視点も胸に刺さる。
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最初のうちは、「今日はとても摂氏27度ですね!」とか言ってるだけの超ほのぼの4コマなんだけど自虐の詩と同様、最後は予測不可能な展開に・・・
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またしても業田さんの漫画で涙してしまった。
心を持ってしまった「モノ」という点で、「ゴーダ哲学堂」の空気人形にも似た悲しさがある。
駄目ロボット小雪と持ち主(彼氏?)拓郎との緩やかな関係性に癒される。(あ、でも拓郎くんは隙あらば他のロボットを買い換えようとしてる)
前半のコミカルな印象とは裏腹に、後半はシビアな社会システムを描き出していて、驚く。
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内容は大分違っていますが、名作「自虐の詩」の名を関するからには、読まずにはいられません。
前半を読んでいる時はどうしようかと思いましたが、後半は業田良家節全開で良かったです。
富を作り出す3つの方法の件や、P181の「火の鳥未来編」を彷彿とさせる結論は流石。
80点。
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最終的に人を人たらしめる決定要因は「心」呼ばれているあいまいとこで、そこを創れるようになってしまうと人はいらないのかな。
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「人間にはこの社会を変えることはできない」は痛烈。ロボットが心を持ったというよりも、欲のないロボットだからこそ純粋に社会の疑問や矛盾を論理的に追求し、正義・公平を実現出来るというのはあるのだろう。
前半のとぼけたノリ・テイストの方がどちらかと言うと好み(なんかロボットがだんだん可愛く思えてくる)なんだが、後半はイガイな展開でちょっとオーバーな感じもしないでもない。が、メッセージ性は評価したい。
著者は基本的に左の人のようなので、右の人のウケはあまりよくないだろうと思われる。
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『自虐の詩』同様、序盤はたいして笑えるでもないギャグ漫画なのに、いつの間にやら引き込まれ、序盤の内容が後半に効いてくるお見事な構成。テーマとしてはSFにありがちなものではあるけれど、視点が確かだから間違いない。左寄りな理想論が展開されて、いい話だけどどうなんだろうと読み進めると、安易な結論には持っていかずそこからさらに問題提議がされる。深かったです。
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舞台は近未来で、その世界は格差社会。その世界で、主人公であるロボットが人間の気持ちを持ってしまう漫画。基本的には、4コマで淡々と物語りは進んでいくのだが、主人公が人間の持つ感情に気づいてしまったときとか、4コマという表現の限界まで到達しているんじゃないかと思うぐらいグッときます。ちょっと左翼っぽいのですが、それもこの漫画さんの魅力です。
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近未来設定なのか、ロボットが人間の世界に当然存在している世界。家族の一人一人にロボットの恋人がいたりする世界を書いている。主人公は男子高校生で主人公の恋人ロボットが小雪。
タイトルに「新・自虐の詩」とあるが、「自虐の詩」には、あまり似ていない。「自虐の詩」はどちらかというと当初の設定から大きくはみだし、登場人物たちが勝手に命を持ち、自立的に動きだし、筆者も読者も思ってもみなかった展開に発展し、人間関係の深みを見せつつ結果、ダイナミックな人生ドラマとなる感動があったが、この漫画はどちらかというと筆者が天からの視点で思想先行で描いた印象がある。
志向としてはあまりギャグにこだわりもなく、四コマというよりも普通のストーリー漫画(死語?)に近いような運び方になっている。
現代の社会問題(格差社会やAI等の最新技術が人間とどのように折り合いをつけていくのか)という深いテーマを取り扱っている。
ロボットが人間の心を持って、という展開はSF等でもよくある展開だろう。
ロボットの進化により、人間が無力になっていき、ロボットが人間の心まで、崇高な心まで持ってしまった時。
主人公の母親(ロボット小雪を作成した人)が最後の方に言う「邪悪な心を持ったロボットであれば人間はそれと戦うことができる。でも本当に美しい心を持ったロボットだったら、人間はロボットに従うしかなくなる。その時人間はいらなくなる。人間はいらなくなるよ」
このセリフは筆者の逆説的なメッセージだと思う。
私はこのストーリーから、ロボットが美しい心をもった場合、人間がどんなにすさんで、美しい心を持てない状態だったとしても、そのロボットのおかげで、人間は良い方向に向かえるようになるのではないかと思う。その意味で「人間はいらなくなる」ということはない。
なので、このメッセージは逆説として出されているセリフであり、人間を肯定している力強いメッセージなのだと思う。
メッセージ性としては良いなと思うものの、ストーリーの為に、登場人物たちが駒のように動いてしまっている印象があり、「自虐の詩」の立体的な人間関係、人間としての凄みとそこからの感動を期待していただけに
少し絵空事のような感触を感じてしまった。
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via capsctrldays
読了して何故この作品に「自虐の詩」の冠がついているかわかった。
もちろん「自虐の詩」における幸恵や熊田さんがこの作品ではどう置き換わっているかを考えながら読むことにも一定の意味があると思うけど、この作品単体で読んだだけでもすごい完成度だと感じる。
四コマ漫画でここまで伝えられるのはシンプルにすごい。