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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2007.5
  • 出版社: 早川書房
  • サイズ:20cm/578p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-15-208826-0
  • 国内送料無料

紙の本

神は妄想である 宗教との決別

著者 リチャード・ドーキンス (著),垂水 雄二 (訳)

科学者の立場から、論理的に考察を重ね、神を信仰することについてあらゆる方向から鋭い批判を加える。非合理・迷信的な思考が幅をきかせる時代に、激しい抗議の声を上げる「脱宗教宣...

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神は妄想である 宗教との決別

税込 3,080 28pt

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商品説明

科学者の立場から、論理的に考察を重ね、神を信仰することについてあらゆる方向から鋭い批判を加える。非合理・迷信的な思考が幅をきかせる時代に、激しい抗議の声を上げる「脱宗教宣言」。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

リチャード・ドーキンス

略歴
〈リチャード・ドーキンス〉1941年ナイロビ生まれ。生物学者。オックスフォード大学レクチャラー。動物行動研究グループのリーダーの一人として活躍。著書に「祖先の物語」「悪魔に仕える牧師」など。

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みんなのレビュー59件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

自らの信じる宗教だけが絶対的に正しく、他の考えは絶滅されるべき悪であるという信念は、恐ろしい

2007/10/13 21:24

20人中、20人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:萬寿生 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 欧米においては、キリスト教の力は大変なものらしい。この本に書かれているように、これだけ強烈に、神というものは人間の精神・脳が生み出した妄想であると、声高に徹底的に主張しないければならないとは。日本では、創造神・人格神の存在よりも進化論の方が、受け入れられている。現代の日本人には信じられないことだが、欧米では、進化論を否定し神による世界創造を主張する勢力は強力らしい。
 この本で著者は、神による宇宙と生物の設計より、自然淘汰のいう考えがいかにすぐれてるか、創造論者の主張と論理に対し、強力にまさしく理路整然とした論理で反証している。また、論理的に考えるより願望に基づいて考える宗教というものの発生と分化も、人間の心理構造と先史時代の生活環境での経験則を元にした進化論で説明できるのではないかと、提案している。すなわち宗教も科学の研究対象になりうる、宗教の進化は心理学的な副産物であるという説を述べている。
 議論を展開するやり方、論争においていかに論理的に主張するか、という点で、非常に参考になった。どこかおかしいと思っても、信念に凝り固まった人との議論では、相手の矛盾を適切に指摘することができなかったのだが、今後はこれまでよりも説得力のある議論ができそうである。
 本書の要旨は、以下のことであろう。
 『自然現象のなかには、偶然によって生じたとすれば、統計学的にあまりにもありえないようなもの、あまりにも複雑なもの、あまりにも美しいものがある。したがって、この世界を作った神がいるに違いない、という創造論者の「論理」にたいし、「設計は偶然に対する唯一の代案ではない。自然淘汰の方が優れた代案である」というのが、この誤った論理に対する科学の解答である。
 有神論者の答えは、目前の問題を解決するために、いささかの前進ももたらさなかった。事実より願望に基づいて考える傾向が、宗教に見られる。そしてこの「願望本意の思考方法」というものは無視できない。なぜなら、人間の心理は、信念を願望で潤色するという、ほとんど普遍的な傾向をもつからである。私はここで宗教が偶然得られた副産物ー何か有用なものが誤作動した結果ーだという、あくまで一般的な理論を推賞したいと思う。
 宗教の本当の意味で悪い影響の一つは、理解しないままで満足するのが美徳だと教えることなのである。 科学者として、私が原理主義的な宗教を敵視するのは、それが科学的な営為を積極的に堕落させるからである。それは私たちに、おまえは心変わりしてはいけない、知ることが可能な興味深い事柄を知ろうと思ってはいけない、と教える。そして科学を破壊し、知力を減退させるのだ。
 宗教上の信念は、それが宗教上の信念であるという理由だけで尊重されなければならないという原則を受け入れているかぎり、私たちはオサマ・ビン・ラディンや自爆テロ犯が抱いている信念を尊重しないわけにはいかない。ではどうすればいいのか、といえば、こうして力説する必要もないほど自明なことだが、宗教上の信念というものをフリーパスで尊重するという原則を放棄することである。』
 そして、本書執筆の目的は解説にもある通り、現在の世界各地の戦争の原因であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教の原理主義者の迷妄を打ち破ることであろう。自らの信じる宗教だけが絶対的に正しく、他の考えは絶滅されるべき悪であるという信念は、恐ろしいものである。

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紙の本

宗教なんてなくても、人は生きていける

2007/10/02 10:35

16人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:後藤和智 - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書は怒りの書である。というよりも、著者は明らかに激怒している。神の名の下に、人間の尊厳を踏みにじり、科学を侮辱する、宗教という巨大なモンスターに。
 なるほど、我々は確かに――我が国においてはそれほど身近であるわけではないが――宗教なるものの悪徳を目の当たりにしている。宗教をめぐって人が殺され、あるいは幼い子供たちが偏狭な思想を植え付けられ、貧困が拡大し、疑似科学がまかり通る。特に著者の住んでいる米国においては、教育の分野においてすら、進化論を教えることは道徳を崩壊させる、と大きな声で主張されているのだ(そういえば一昨年の今頃、同様の主張が我が国でも見られましたね(産経新聞))。

 著者は科学者(動物行動学者)である故、まずは宗教がいかに科学を踏みにじってきたかを立証してみせる。曰く、創造主が存在する宇宙を想像することはできるか、と。我々が現在住んでいる地球、ないし宇宙は、もし創造主が存在していたら、まったく別なものになってしまっただろうし、またそのような考え方が、一部の人たちに対して偏った期待や不安を与えるかもしれない(例えば病者。著者はある病者に対して、その病気が治るように人々が祈ったグループとそうでないグループを比較した実験を提示している)。そもそも神を支持する論拠すら、既に崩壊している。有神論者はありとあらゆる方法を用いて、「これは科学や論理では説明できない、だから神はいるのだ!」と強弁したがるけれども、彼らはなぜ「神」以外のものに対して想像が及ばないのだろうか。

 科学的、あるいは論理的な反証だけでは終わらず、さらには著者は道徳にまで斬り込んでしまう。宗教を肯定するものは、西洋人は一神教的な秩序があるからこそ道徳的でいられるのだ、と主張するけれども、人々が道徳的であるためには宗教や神などいらないと筆者は反問する。また聖書の記述や(これが決して(現在の視点から見れば)道徳的とは言えない、ということは一部で指摘されてきた。もっとも、だからこそおもしろいという意見もあるが)、宗教による児童虐待の凄惨な現実を見せつけ、これでも宗教は必要か、と主張する。

 本書は過激である。著者の怒りにこれほど満ちあふれた本もそうそうなかろう(そういう風に豪語している本はいくらでも見られているけれども、その多くが所詮は非論理的な愚痴をぶつけているに過ぎない)。それ故、例えば一見「科学原理主義」的な主張に嫌悪感を覚える人もいるかもしれない。しかし、というよりも、だからこそ、本書は最後まで読まれて然るべきものだ。

 というのも、本書の最大の主張は、(少なくとも、一神教や有神論における)神や宗教を信じなくとも、我々は生きていける、ということである。そして我々には自然の神秘や伝統の大切さに、主体的に想像を張り巡らせることができるが、それに対しては神、宗教など不要なのだ。そして「神」は、超自然的なところに存在するのではなく、我々の身近にこそ――大自然や天体などの法則という形で――存在すると考えられるべきである(汎神論)。そして我々は、その「神」に(数学や科学などの形で)触れることができる!著者はそれに対するあこがれを(「神」という表現は用いていないが)最後に表明している。

 我々には想像する余地があるのだ。それを推し進めるためには、もう一神教、有神論など不要である、ということこそ、本書の最も大きなメッセージである。

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紙の本

西洋的合理的論拠の限界

2007/09/24 02:31

20人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:濱本 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「利己的な遺伝子」この名著の著者であるリチャード・ドーキンスが、私に叩きつけた、本書は、挑戦状であった。私は、人格神としての神を確信している。本書は、そのテーゼに対して、真っ向から向けられたアンチ・テーゼであり、神及び宗教の悪を徹底的に論じた書である。本書は、ほとんどが、キリスト教で敬虔なクリスチャンであるアメリカで大ベストセラーになっている。この矛盾は、何を意味するのであろうか?
神を信じると一言で言っても、いろんなタイプが有る事を知った。「有神論者」:神が宇宙を創造するという主要な仕事に加えて、自分の最初の創造物のその後の運命をいまだに監視し、影響を及ぼしていると信じる。「理神論者」:超自然的な知性を信じているが、その活動は、そもそも最初に宇宙を支配する法則を設定することに限定される。「汎神論者」:超自然的な神をまったく信じないが、神という単語を、超自然的でない、「自然」、あるいは宇宙、あるいは宇宙の仕組みを支配する法則性の同義語として使う。この定義からすれば、私は、理神論者と言えるかも知れない。
本書の論旨は、科学者である著者の面目躍如で、極めて科学的で論理的である。哲学的、科学的、聖書解釈的、社会的、その他あらゆる側面から一端は、神を肯定して論じ、その矛盾を突くと言う論法を取っている。理神論者の私も納得せざるを得ない論法である。しかし、そこであえて私はドーキンスに語る。「しかし、神は、実在する。」と。この私の論拠は、私の体験にある。そして、私の行動原理、思想原理にある。「個人的体験」に基づく神の肯定を本書では、こう否定している。「個人の体験は、他人は、体験出来ない。だから、個人の体験で普遍的な神の実在を論じることは出来ない。」その通りである。正に、科学的な論法である。しかし、全ての事象が科学的に明確に切り捨てる事が出来るのであろうか?西欧の合理的思考方法では、これは可能なものとして理解している。しかし、東洋思想では、「分からないものは、分からないものとしてそのまま受け入れる。それを神の領域の範疇として」。東洋で生まれ育ち、先天的に東洋思想を持ち、後天的に西洋の思想を吸収した私には、この東洋の思想の方が、大きく、可能性に富み、人類の幸福に寄与すると信じている。従って、本書で繰り広げられる西洋的論の進め方は、人間の驕りであり、可能性を否定していると思うのである。
本書は、正しい。しかし、これ以上の何かがある事を予感して生きる方が、幸福になるという人類共通の目的から鑑みた時に、より自然であると感じた次第である。

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紙の本

よく言ってくれました

2020/07/26 10:01

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Ottoさん - この投稿者のレビュー一覧を見る

神の存在について科学者の回答
よくもまあ、こんな本が書けたなという1冊。八百万の神とおおらかに付き合っている日本人ならともかく、キリスト教に1000年以上支配されてきた欧米で書くのは、神、宗教を信じる人、すべてを敵に回す覚悟がないと書けない。
哲学の世界では、既に「神は死んだ」ことになっているが、科学者は、ルネッサンス以来神の存在を疑っており、うすうす神はいないことは分かっていた。そこをドーキンスが言っちゃったというところか。
日本は非常にゆるい宗教習慣だから、戦国時代はともかく宗教で殺し合い(戦争)をすることはないが、近年、世界で発生した戦争、テロのほとんどは宗教がらみだ。異教徒をゆるさない一神教は恐ろしい。

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紙の本

科学は宗教から人々を解放できるか?

2019/01/05 17:05

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Kusukusu - この投稿者のレビュー一覧を見る

挑発的なタイトルに違わず、内容は論理的だが、攻撃的。一般的な創造論だけではなく、神の存在の有無は答えられないという不可知論や、啓蒙主義的理神論、互いに干渉しなければ、科学と宗教は共存できるという考えも、結局は神の存在を認めているという理由で攻撃している。
 正直、「そこまで言わなくても…」という箇所もあり、著者の主張に全面的に賛同することはできなかった。しかし、宗教・神・信仰などの言葉が人々が科学的・合理的な思考を育むことを抑圧する手段として使われ、子供の心を虐待し、テロや戦争という残虐な行為を引き起こす最も強力な原動力であるという主張には説得力があり、西洋社会では宗教に対して、過剰なほどの配慮が払われるという著者の指摘は鋭いところを突いていると感じた。また、創造論者が進化論を否定しようと持ち出す主張を科学的な事実と証拠に基づいて手際よく論駁していく過程は、痛快ささえ覚えた。
 一方でキリスト教(とイスラム教を)中心に論じているため、日本人には理解に苦しんだり、わざわざ取り上げるほど重要なことなのかという認識があまりなかった事柄もあった。例えば、第9章の最終節では、信仰と切り離して結婚式などの宗教的儀礼に参加することは可能であると書かれているが、クリスマスなどを宗教的背景から完全に切り離して年中行事に取り込み、クリスチャンでなくとも教会で結婚式を挙げることに何の違和感も持たない日本人からすれば、このような本の中で公に宣言しなければならないほどのことなのかと少し驚いた。
 また、本書に登場するような宗教原理主義者のかなり荒唐無稽な主張が(特にアメリカで)無視出来ないほどの勢力となっているのはなぜなのか、という点は漠然とではあるにしろ、生物は進化するという考えを受け入れている人が多い日本では分かりにくいのではないかと思った。この点については、科学だけではなく、文化的、歴史的な面からも解説する本が必要ではないか。

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紙の本

神さまからの親離れ、すなわち「神離れ」の勧め。

2007/07/30 14:32

11人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:銀の皿 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「利己的遺伝子」であまりにも有名なドーキンス。この本では、真っ向から神、宗教を取り上げる。進化や遺伝子という言葉で人間社会までも説明し続けてきた著者は、これまでもその説の中で神を否定する発言をしてきた。この本では、なぜここまでと思うほど執拗に、過激な言葉を使って宗教を否定する。なんだか著者の身の危険を心配してしまうほどの熱さをもった本である。
 解説にも触れられているが、この熱さは、昨今の宗教が表に現われた世界的な戦いの危惧も念頭にあるからだろう。取り上げられている反証のための例は主に一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)に関したものであるが、現代でもこれほどまでの「信じ方」があるのか、と思われるものがけっこうある。アメリカが特に顕著なようだ。もちろん著者が意図的にそういうものを選び出していると考えられなくもないが、一つの一神教が大勢を占めているところではそうなってしまうのか、とも感じる。著者をはじめとする無神論者への罵倒などは、それこそスピノザの時代にもあったことなのだが、かなり最近のニュースなどもあげられている。宗教には鷹揚な文化形態になっている日本ではちょっとここまではありえないのでは、といいたくなるほどである。それに対抗しているうち、著者も熱くなってしまったようである。

 全体としては「創造主なしでこの世界が説明できるか」といった著者の専門、進化生物学に関係したものからはじめ、更に踏み込んで宗教や徳の起源「神がなくても人は善を行えるのか」といった問題まで進化から説明していく。「神なしでも徳はある」、「徳も進化で説明できる」という姿勢は、マット・リドレー「徳の起源 他人をおもいやる遺伝子」 やダニエル・C.デネット 「自由は進化する 」 と共通するものである。(この3冊の中では、「徳の起源」が一番わかりやすいかもしれない。)

 宗教に対してのかなり過激、執拗な書き方に、へきえきとする読者もでるとおもう。しかし最終章(第10章)を読むと、著者の言いたいことが少し冷静な形でみえてくる気がするので、とりあえず読み通せないようにおもったら、最終章にざっと目を通してみるとよいかもしれない。人間が直感的には「天が動いている」と感じ、「七色」で世界を見ているとしても、知識が「地動説」を教え、目に見えない光の世界があることを教え、世界観は変化してきた。肉体は直観の教える世界に適応して出来上がっているけれども、知識でそれを超えていくことができる。「巨大なブルカ」と題された最終章の最後の文章は、人間の今ある状況について、詩的とも言える厳しいが美しいイメージもくれるものである。

 人間が世界を理解し、社会を、思考を拡大してきたことに宗教は大きな役割を荷ってきたことは否定できないだろう。科学ですら、「神の創造した世界を理解する」ためにはじめられたことは良く知られていることである。しかし、そろそろ「神」なして理解できるところは神から離れてもいいのではないか。本書を読んで感じたのはそういうことである。神を信じていても、「神に頼らないで」きちんと生きればそれに越したことはないのではないか、とも言えるかもしれない。自分を頼らなくても立派にやっていく子供を喜ばない親はない。(そうでない親は子離れできていない)。人間は、そろそろ親元を離れてもいいころなのか。神からの親離れ。邦題には「宗教との決別」と厳しい言葉になっているが、この本はそんなメッセージである。
 ・・しかし、親離れできるのだろうか。上に立つ「何か」に指示されないときちんとできない人、指示されたことだけやっていれば良いと思っている人がなんと多いことか。人間はまだまだ親離れしたくない子供なのかもしれない。つらいけれど、一人で進んでいこうと考える大人になる日は来るのだろうか。この本は、そんな問いをもぶつけてくる。

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紙の本

「神様はいない」ことを理詰めで論じる書。でも信者からすれば「所詮限られた人間の知能での理屈」にすぎないのかも。

2012/01/29 16:17

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Janga - この投稿者のレビュー一覧を見る

「ひとりの人が誤った考えを信じると、妄想とか精神病とか言われるが、大勢の人が 信じると、宗教と呼ばれる」、「ジョン・レノンの曲『イマジン』の歌詞に、『宗教のない世界を想像してみよう』というところがあり、アメリカ人の多くは対処に困り、 歌詞を改竄しているひともいる」、「神様の為に戦争をする人は後を絶たないが、 無神論のために戦争をする人はいない」、そうです。 宗教について、なんというか、柔軟というか、相対的というかの日本人と しては、かなり受け入れやすい考え方ですが、キリスト教やイスラム教の、 特に原理主義の方々には、絶対に受け入れられないものでしょうね。 でも、欧米でも「信徒だといっても、社会生活を送るために、『信徒のフリ』をしている人も 多い」とか。確かに、宗教がなくなったら、戦争もぐっと減るでしょうね。

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紙の本

神が妄想であることをひたすら主張した、社会にたいして挑戦的な本作品

2017/01/21 11:02

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:コスモス - この投稿者のレビュー一覧を見る

リチャード・ドーキンスによる「神は妄想である 宗教との決別」

著者は哲学的、科学的、聖書解釈的、社会学的、その他あらゆる側面から神の存在を否定していますが、こんな作品が出版されることが最大の問題だと思います。
といっても、本作品の内容に問題があるという意味ではなく、本作品を出版しなくてはいけないほど宗教が社会に浸透していることが問題だと思います。

いろいろな本や資料を読んだうえで、私自身が考えたことですが、
宗教(神)という存在は、(当時の)人間には理解ができないことに対し納得するためや、他人同士が協力するための共通認識をもつためにできたものだと思います。つまり、人間が都合よく作り出した妄想が起源だと思います。
だから、神が妄想であるということは自明であるのに、こんな本を出版するのは
ばかばかしいと言えると思います。

私自身が本作品に下した評価は星三つ。
書かれている内容に文句はありませんが、少し長すぎだと思います。
それに、宗教がなかったら社会がどうなっていたかという点でも話を進めてほしかったです(科学者の著者に求めることじゃないかもしれませんが)。

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2009/12/26 17:54

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2007/06/12 15:25

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2007/10/01 19:49

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2007/08/05 09:36

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2008/07/30 23:14

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