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「自分らしさ」について抱いていた疑問への膝を打つような回答だった。踏みこまなさ、過剰に求められる気遣い。「優しい関係」という表現はまさに腑に落ちた!踏み込み踏み込まれ、迷惑は掛け合うもの、という体験がこれからの私たちの現実的な問題解決のモデルになっていくことは、あり得るのだろうか。このブックレットのもとになった本もあり、そちらは専門の少年犯罪の質の変化から論を始めているので、より丁寧に子どもたちを取り巻く現状についての理解が得られると思う。
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タイトルに惹かれ買おうかどうか迷っていたところ、図書館で探してみたらあったので借りた。
薄いし、文章もかたくないのですぐ読めた。
スマップの歌がでてきたあたりで「そうですよね…!!」と思った。
私も、このタイトルを見て思い浮かべたのはあの歌です。
浜崎あゆみの歌詞については無理やりな気がしてしまいましたが。
しかし、この本の感想について、まだあまり考えがまとまらないので、
購入していつでも読めるようにしておいてもいいかもしれない。
私が一番注目してしまったのは自己肯定感の低さはどこからくるのかという話でした。
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とても薄い本でしたが若者の心境をうまくついているなという印象をうけた。友人との関係においても自己を主張しすぎず互いに傷つけあわないように“優しい関係”を演じているということ・自分らしさ(オンリーワン)を求めている一方で誰より他人からの承認を求めている矛盾により苦しんでいるという意見はそのとおりだと感じた。
これらの問題の原因とも言える自己肯定感の低さを改善することが必要なんだと感じた。
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[ 内容 ]
[ 目次 ]
1 親密圏の重さ、公共圏の軽さ―子どもの事件から見えるもの(親密圏における過剰な配慮;公共圏における他者の不在;「つながり」に強迫された日常)
2 内閉化する「個性」への憧憬―オンリー・ワンへの強迫観念(生来的な属性としての「個性」;内発的衝動を重視する子どもたち;「自分らしさ」への焦燥)
3 優しい関係のプライオリティ―強まる自己承認欲求のはてに(「自分らしさ」の脆弱な根拠;肥大化した自我による共依存;純粋な関係がはらむパラドクス)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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[出版社商品紹介]
衝動的・短絡的な行動はなぜ。身近な繋がりに腐心し、個性的であることに強迫される子どもたちの姿から考察。
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「キャラ」「個性」「いい子を演じる」「自分らしさ」「自分探し」など、前々から気持ち悪いし疑問に思っていた言葉の用いられ方をすっきり説明してくれている。
引きこもりの若者のところでよくわからなかった箇所があった。もう一回読みたい。
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今は、親密圏に公共圏がのみこまれてるんだろうな。親密圏の外にいる人を、他者として認識していない、っていうとらえ方、おもしろい。
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ちょっと古いが今も大勢は変わらないのでは。公共圏の人を人と認識できないという表現は面白い。
「個性」を求められる時代も長くなった。「個性」と「共通性」の総体として個人を捉える視点を教育者は持っているか。
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キャラ論を調べると学校教室の例がよく出てくるので気になり、60ページ程度のブックレットなら軽く読めるだろうと、本当に気楽に手にとって読んでしまった。後戻りなどできなかった。
本書は2004年刊行で佐世保の女児同級生殺傷事件を取り上げている。そして彼女たちが事件に関わったのは僕と同じ年齢の時だ。だからこそ慎重に読まなければならなかった。当時の僕達の関係を支配する構造がここまで見破られるとは思ってもいなかった。クラスメイトとの「優しい関係」、触れてはいけない「ダイヤモンドの原石のように秘められた個性」、教室空間の外部社会における「他者の不在」。ほぼ全てが当時の感触と一致していたと言っていい。とても貴重な論考だと思う(とてもレビューになってない言葉の切り出し方だと思う)。
ただ、僕は今とてつもなく虚しい。殺人現場で探偵の推理に立ち会い犯人と犯行手段、動機など全てが明らかにされた。しかし、その状況を前に立ちすくむしかないような思いだ。なぜなら、これは「事後」「経過中」の事件だからだ。あれから7年も経っても僕が学校に関心を寄せる事といえば、僕が去った教室空間は当時と同じように在り続けるのだろうかということだ。事後分析は事が宿命的に起こり続けるのとは無関係にいくらでもできるということだ。一体誰がこのシステムを外部からくい止められるというのだろう。
これではレビューにならないのでまとめに入ると、最近の子どもの友達関係が昔と比較してどのように変化しているのか。子どもの自己は「個性」とどのように関係しながら成立しているのか。近頃の子どもが何を考えているのか分からない!そういう人にはおすすめだと思います。もちろん、7年前と今では携帯通信端末の所持率や家庭へのPC普及率が段違いなので、何も変化が無いとは言い切れませんが… 少なくとも、7年前の僕が感じていた「空気」がよく分析されているなと関心したので、星5つ。
(蛇足)本書の締括で筆者はこう述べる。「この小冊子が、その論争の大海へと船を漕ぎだすための、ほんのささやかな津の一つにでもなることができれば、著者としてこれに優る喜びはありません。」 津どころか大波ですが!?
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学校の課題で読みました。
子供たちの友達関係のこと、個性に対しての考え方などいろいろ書いてあってなるほど、と思うことが多かったです。
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自分らしさとは何か。現代の子どもたちは、友人との関係に潜在的な駆け引きをし、キャラを装い、個性的でありたいと願う。個性を実感するためには、他人の肯定的な評価が必要であり、その安心を得るために薄い人間関係で他者と繋がっていたい。本来の自分らしさとは、他人の目を気にして成立するものではない。個性的であることが何なのか。人はそれぞれ個性があるのだから、その自分を認めていけばいいと思う。
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中学生向きの小説なんか読むと、本書で語られていることがなんとなく理解できる。分析は鮮やかだし、論理は明快。
でも思うのが、もうちょっとちゃんとデータを提示してほしいな、ということ。昔と比べて今がそうなのであれば、昔のデータが必要なのだけど、そのあたりの提示が少ないのが気になった。もちろん、こんな薄い本だから仕方ないのかもしれないけど。
あと、ではどうするか、というつっこんだ処方箋も読みたかったなあ。僕にはとても解決策が想像できない。
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親密圏で素の自分を表出することは、他者との対立の危険をはらむようになったため、装った自分を表現せざるを得ない。ストレートに自分を表出しないことは自己欺瞞であると感じ、親密圏における人間関係が加速度的に重く感じられるようになってきている。
オンリーワンへの強迫も、はじまりは一律詰め込みに対するアンチテーゼだったのでは?人間は難しい。
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2000年代前半の出版なので、私の時代を反映している内容であるが、早期に自己承認欲求の問題とキャラ化する若者たちを記述している。
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SMAPの『世界に一つだけの花』がヒットした2003年の翌年に発行されたブックレット。「もともと特別なOnly one~♪」という最後の歌詞のフレーズに対し、「特別なものを見出せない自分には価値がないかのように思わせる煽りの歌ともいえる」と書かかれており、「うーん、そんなふうに捉える必要があるのか」と、いささか違和感を覚えた。
確かに、私が子どものころの社会は、個性重視よりは、周りとの調和を重んじており、そういう意味では社会規範も変わってはきている。特に2003年以降、「個性的であること素晴らしいこと」だと、社会の認識が変わってきたことも事実ではあろう。いずれにしても、個性、個性と言っているのも、実は個人ではなく「社会」であること、新たな社会規範に拘束され否応なく社会化されているという視点はするどいと言わざるを得ないだろう。