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童貞女昇天 | 9-34 | |
---|---|---|
鶴 | 35-58 | |
鬼火 | 59-67 |
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紙の本
「古い昔の少女小説家」「高齢のおばさんたちが好む女人歴史小説を書く人」という固定観念をくつがえす、シュールで妖しい輝きを放つ短篇小説たち。
2004/08/02 22:13
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「おばさん」臭を漂わせたくないものだから、間違っても「冬のソナタ」など見なかったので、未だに「ヨン様」という人のフルネームや顔が分からない。それと同じようにして「吉屋信子」という作家を鬼門のように捉え、生涯読むことはなかろうと考えていたのだが、講談社文芸文庫のラインナップに入っていることを知り、見逃せない気がした。
この文庫シリーズは、ぐっと喉を詰まらせるほど価格が高いものの、日本の文学史のなかで、誰か気づく人がいてくれるといいのだけれど…と、人知れずひっそり野辺で咲いているような佳品を拾ってきてはまとめている。よほどの文学通でないと知らない作家の作品集も少なくなく、ずいぶんいろいろな作家と作品を教えてもらっている。カラーグラデーションがかかった本の背の部分が、本棚に並べて差していくと独特の雰囲気をかもし出してくれ、蔵書の楽しみも提供してくれる。
さて、少女小説家として一世を風靡し、『徳川の夫人たち』『女人平家』など婦人小説で好評を博した吉屋信子の本作品集であるが、長らく抱いてきた固定観念とあまりに異なる作風ゆえに、「これぞ本当の意味でのカルトだな」と感激した。異形の者が登場する完全な幻想譚もあれば、リアリズムでありはするが信じ難く超現実的なもの、他者の幻想を客観的にスケッチしたものとあって、「幻想小説」としてひとからげにできはしないのたが、幻想味の濃い7篇が収められている。
「どうしてそのような傾向の作品を?」と意外な感じをもって解説を読めば、女学生時代の愛読書が泉鏡花だったらしいのである。明治期が時代設定とされるものもあるが、古い時代に舞台を設定するだけでなく、戦後の世情や風俗に、鏡花的な「妖しさ」を溶かし込んでいて、そこにおそらくは少女小説に通ずるであろう吉屋信子独特の表現が見受けられる。泉鏡花作品とは異なる、吉屋風の「あでやかさ」が認められて良い感じなのであった。
このうち2篇には、度肝を抜かれるような強烈な刻印を残された。巻頭の「童貞女(びるぜん)昇天」という信子愛着の1篇と、女流文学者賞に輝き、大衆作家としてだけでなく「文学」として顕彰された「鬼火」という作品である。この受賞があったからこそ、文芸文庫のシリーズにも加えられたのだろうと穿った見方もしてしまうわけだが…。いずれも、そのような俗的発想を遥かに見下ろす、恐ろしく美しい小説である。
世捨て人たる孤高の聖女の庵が焼け落ちたのだが、その遺体と重なるようにもう一体の遺体が発見された。一体何があったのかということが、情感を抑制したクールな筆致で明かされていく。その前者と同じく、後者も家が焼ける物語であるが、ガス代の取り立てにあってもそれを払えない貧しい女が、集金人に脅され死を選ぶ。女がどれほど貧しかったかという説明に愕然とさせられる。
あっけにとられる読後感としては、古今東西の名作に比肩する水準に達していると思えた。そのような質のものをどのようにして書き得たか。秘密のひとつが、一緒に収められた俳人伝3篇である。文芸文庫として残される無名の作家はまだ幸運な方で、信子が魅了された3人の俳人は皆、報われない生涯を送り、無念のうちに亡くなった由である。彼らの生涯と句作を留め置こうとする情熱に満ちた筆致、そして主題は、幻想的短篇の諸作と確かに重なり合い、響き合う。
紙の本
女は儚く、勁く、そして畏しい
2005/01/14 18:58
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:せい - この投稿者のレビュー一覧を見る
ここの書評につられて読んでみたので、わたしも自分なりに書評を書きます。
興味をもって読んでくれる人が増えてほしいので。
この人の業績の本流?の少女小説は読んでいないけれども、ここに納められた小品の多くもまた、本質的に少女小説だと思う。少女が、閉ざされた者の謂われなら。
どの小品も、ぴっとフォーカスが合ってはいない。
レンズにソフトフィルタでもかけて撮ったような感じがする。それも天然に、だ。
それを、甘いと断じるのは、簡単だ。
だがそれは、目を技巧に犯された者がくやしまぎれに吐く捨て台詞ともいえる。
どこか淡くゆらめく世界のなか、その外部の者には永遠に入りえぬ世界のなかから、泡のように浮かび上がってくる作品。そんな感じの小品集だ。
小林秀雄は彼女の作品をきらっていたとか、ちらと解説で見た。さもありなん。
天然の目は技巧では勝てない。だからといって天然が優れているわけではない。
それはただの、宿命だ。
そんな二重のやりきれなさが、彼女の作品が黙殺されがちな理由ではなかろうか。
ひとむかし前の女性の姿が、ここにはある。
待ち続け、許し続け、耐え続け、恨まず、けれど、願う姿が。
その姿は『女性』とイコールとは限らない。
ひとむかし前の日本の、名もなき善良な、しかし弱き庶民たちとも重なる。
あくまで嫋やかで、暈けていて、ねっとりと閉ざされた世界。
植物のように儚くて手折られて、うらみさえ哀しげな風情をたたえる女たち。
どこか懐かしいこの世界は、けれど、どこまでも底深く、昏く、おそろしい。
死者の魂が、懐かしく、おそろしいように。