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商品説明
【芸術選奨文部科学大臣賞(第51回)】共産主義運動から転向し、一代で大コンツェルンを築いた経営者・矢野重也。文学者としても活躍したその数奇な運命を描く大河小説。戦争と革命の中で貧しく不安でも、「堕落」だけは存在しなかった日々をたどる青年期編。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
辻井 喬
- 略歴
- 〈辻井喬〉1927年東京生まれ。東京大学経済学部卒業。詩集「異邦人」で室生犀星賞、小説「虹の岬」で谷崎潤一郎賞を受賞。
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紙の本
翻訳家から戦前の共産党の地下活動に参加、転向を経て財界四天王のひとりとなった水野成夫の生涯をモデルに描いた骨太の大河小説。
2001/11/05 11:56
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投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
書いた人と書かれた人の経歴を考えると、どうしても「天の配剤」という言葉が浮かんできてしまう一作である。
作家・詩人の辻井喬氏は、セゾンコーポレーションの会長。文学とビジネスの草鞋をはいて、どちらにも大きな足跡を残し続けている。モデルとなった水野成夫氏は、産経新聞の社長を務めるなどフジ・サンケイグループを築き、経済同友会を結成した財界四天王のひとり。若き日には、アナトール・フランスはじめ英独仏の翻訳を手がけ文学を志した。水野氏の長男・誠一氏は政治家であるが、以前は西武百貨店の社長として堤清二氏のもとにいた。ちなみに、その当時知り合った木内みどりさんと再婚している。
しかし、「縁」だけで書かれた作品でないことは、雑誌『波』の2000年11月号の松本健一氏との対談で明らかにされている。新聞小説として白洲次郎を書こうと思ったけれど、波瀾の人生ではなかったので材料に乏しく、水野成夫を調べ始めた。その生涯があまりに魅力的なので執筆に至ったということである。
水野成夫が矢野重也、野坂参三が八坂良三、徳田球一が徳山助一になっている。想像を膨らませて書きたい人には仮名が使われているが、その必要がない人物たちは実名で登場している。社会主義というものが日本の若いインテリたちにどのような影響を与えてきたのか、その背景にあった中国の歴史がどう絡んでいたかに上巻では力点が置かれている。主人公がビジネス界に漕ぎ出していく前夜であり、「転向」以前の活動家の姿である。昭和の思想史を読み解くような印象もある。たっぷり勉強もさせてくれる小説なのだ。
治安維持法で取り締まられていた非合法の共産主義活動に携わっていながら、ビジネス、つまり資本家・経営側の世界へ…という意外性だけが、この人物の前史のユニークさではない。静岡の豪農の三男として生まれた矢野重也は、親の教育方針で縁者ではあるが使用人の家へ里子に出される。長男、次男にはなされなかった教育で、貧富の差の何たるかを身をもって知る。
旧制一高、帝大進学とエリートコースを辿るものの、学費は実家に頼らず翻訳のアルバイトでひねり出している。親友の無念の死、思い込みが過ぎた片恋などの挫折に続き、遊学中の京都で見初めた女性との駆け落ち、関東大震災などのエピソードが続く。そして、徐々に労働者のための思想に目覚めていく矢野は、それを机上のものにするまじと、大衆のなかへ入っていく。神戸で印刷所の植字工として働き、体を病んでからは自宅でうどん屋を開業する。
身だしなみには無頓着でストレートに熱い物言いをする矢野のもとには次第に人が集まり出し、党の注目するところとなる。大きな期待をかけられた矢野は、家族にも秘密の命を受け、中国に渡ることとなり…。
時代や国家に体当たりで生きていた若者が、数十年前の日本には多々いたのだと深い感懐にひたされる物語の前半だった。