紙の本
下巻の白眉はエピローグ
2007/02/06 17:05
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:緑龍館 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1972年のある日、ニューギニア人のヤリが著者に投げた問い掛け、「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものと言えるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」という疑問に対し、30年近くの間の研究の成果を元に、一定の答を出そうと試みる本の下巻です。
農耕栽培や家畜化の対象となる動植物の分布状況の地理的な差異、これによる人口集中社会の出現と非生産階層の登場に続く政治体制や専門技術の発達・発展、家畜由来の集団感染症病原菌の進化(天然痘、インフルエンザ、結核、マラリア、ペスト、麻疹、コレラなどは、全て動物由来の病気だとか)と、人口稠密社会に住む人々の免疫獲得による病原菌の意図しない生物兵器化、大陸ごとの大きさと形状の差(東西型か、南北型か)、自然環境障壁の差による発明・技術伝播の容易性の違い、などそれぞれの要因と相互作用が、歴史上のいろいろな事例と共に、説得力のある論証が展開されます。
下巻では文字、技術の発明、政治体制の発達に関して、人類史の発展におけるその意味と、環境的な影響要因を論じ、最後のチャプターとして、オセアニア、中国、南太平洋・ニューギニア、南北アメリカとアフリカなど、地球上の各地域ごとの発展・未発展を、今までの論点をもとにもう一度検証していくという構成です。しかし、個人的には、下巻の白眉はエピローグでした。上下巻を通じ、1万3000年の人類史の流れを対象にした分析が主体になっていますが、エピローグでは、ここ500年から1000年の大きな人類史の変化、それまで世界の政治、技術、生産の中心だった「肥沃三日月地帯」(メソポタミヤ)と中国が、なぜ世界の表舞台から退場・後退し、それまで辺境地帯だった欧州が新大陸を植民地化し、第一線に登場するようになったのか?というテーマを、今までの論証の延長線上からその究極的な要因を検証していくものですが、その迫力と説得力に思わず引き込まれました。「肥沃三日月地帯」では、自然破壊と環境特性の脆弱さが、取り返しのつかない滅亡をもたらしたこと、中国においては、地理的特性の優位と政治的に強固な統一の永続(支配政権は変わるとしても)が、却って両刃の剣として大きなマイナスの影響をもたらしたこと、欧州の地政学的な優位性、というのが著者の主要な論点ですが、この部分は賛否はあると思いますが、歴史に興味のある人なら必ず一読の価値があると思います。
本書と同じ論拠に立つと、世界が狭くなった現代社会において、中国の弱点が再び大きなメリットとなり、国際社会の第一線に登場するようになる、というのも歴史的な必然となるのでしょうか。
→ 緑龍館 Book of Days
紙の本
抜群の面白さをもつ一冊。知的興奮に心震える。
2010/07/03 10:40
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本で2000年からの10年間に出版された書籍の中から朝日新聞がベスト1に選んだ(2010年4月発表)というだけあり、本書は抜群の面白さを持つ一冊でした。
ユーラシア大陸の住民たちが南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸を征服することができたのはなぜなのか。そしてその逆にアメリカ先住民がヨーロッパを植民地化することがなかったのはなぜなのか。人類数万年に渡る歴史のこの謎を、単なる民族や人種といった生物学的優劣論で片づけるのではなく、それぞれの地域の環境の差異によるものだということを、ひとつひとつ丁寧に解き明かしていきます。
農耕と畜産に適したユーラシア大陸の環境と生物種の多様性。
ユーラシアが同緯度に東西に広がる大陸であったための農業と技術の伝播の容易性。
余剰農産物が支えた食糧生産に携わらない特殊層の誕生。
集権的な政治体制の確立。
文字の発達が進めた情報伝達性。
人口増加による技術発明の可能性の増大。
畜産が生んだ伝染病にさらされながらも抵抗力をもつ人々の増加…。
学際的な研究成果をもとに著者が描きだす謎解きはいちいち納得できるものばかり。壮大なミステリーを読むかのような知的興奮に心が幾度も震えました。
訳者の紡ぐ日本語も大変分かりやすく、翻訳臭さを感じさせないものです。数理言語学博士でもあるという訳者だけに、言語学に触れた箇所は驚くほど精緻です。
読了後に振り返って思ったのは、日本に生まれ落ちたわが身のこと。
極東に暮らす自分が、本書の描きだすユーラシア大陸の環境的優位性の数万年の積み重ねの上にいるということの気の遠くなるような事実。そこに不思議なロマンを感じる一冊でもありました。
*「それらの細菌にまったくさらされたことのない人々の命を奪ってくれる」(上巻235頁)という訳文がありますが、前後関係から推すに、「奪って」ではなく「守って」くれるの誤りではないでしょうか。
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人類史への歴史科学的アプローチの成果
2000/12/11 10:09
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:三中信宏 - この投稿者のレビュー一覧を見る
[上巻から続く]
後半の第3部(上巻〜下巻)は、究極要因(地理)と至近要因(銃・病原菌・鉄)とを結ぶ因果連鎖に踏み込んでいきます。第11章は、病原菌とそれに対する免疫についての議論です。家畜を飼い始めた地域では家畜経由の病原菌の感染の可能性が増大します。「自然淘汰の産物」(上巻: 292)である病原菌は、宿主である人間側の抵抗性(免疫)を増大させつつ、自らも広がっていきました。地域によって、病原菌に対する免疫にちがいがあるとき、地域間で接触が起きると免疫力のない地域の人間は劣勢にまわらざるをえません。著者は人類史の中では病原菌による地域間対立の決着の事例が多いと指摘します。
第12章は、食料生産がいかにして「文字」の発明に結びついたのかを論じます。文字の発生は少数だが、伝播によって各地でさまざまな「文字」が作られた事例を挙げていきます。続く第13章は、「技術」の発生と伝播についての章です。開発された技術はいったん受容されたならば「自己触媒作用」−発明は必要の母−により増幅され、地域間の差異を押し広げます。ユーラシア大陸が他の地域よりも技術面で優位に立てたのは、「知的に恵まれていたからではなく、地理的に恵まれていたからである」(下巻: 83)と著者は持論を反復します。最後の第4部では、ここまでで考察された至近要因・究極要因が、実際にどれくらい適用できるかを検討します。
私が本書を読んでいてもっとも感銘を受けたのは、比較的短い「エピローグ:科学としての人類史」でした。ここでは、本書全体を要約するだけでなく、今後解かれるべき問題と並んで、人類史の進化生物学的な再構築に向けての行動指針が示されています。なぜ「差異」が生じたのかというそもそもの疑問に対する、著者の解答は「大陸ごとに環境が異なっていたから」(下巻: 297)であり、地理的な「初期条件」のちがいが「差異」を生んだのだと著者は本書全体を要約します。
残された問題は、人類史の全体的パターンを見るときに、「文化の特異性」とか「個々の人間の影響」という環境とは無関係な要因−著者はこれらは歴史の予測不能性をもたらす【ワイルドカード】とみなしています−がどのくらい大きな効果をもつのかです。ちます(下巻: 316-317)。私が思うに、著者は「地理的要因」が人類史の総体的パターンを生みだした【共通要因】であるのに対し、個々の文化や個人の効果は【個別要因】であるとみなしているようです。
「歴史とはこまごまとした事実の集積にすぎないという考え方」(下巻: 321)に抗して、著者は「歴史から一般則を導き出す」(下巻: 321)ことの可能性を論じます。歴史科学の中での因果関係の推論は、確かに「困難」(下巻: 325)ではあるのだが、それは他の歴史科学における困難さと大きく異なるものではないと著者は言います。その困難さの理由は、歴史科学の対象が「個々[のシステム]がユニーク(唯一無二)であるため、普遍的な法則を導くことができない」(下巻: 326)からです。著者は、歴史科学がもつこのような特徴を踏まえた人類史の研究を以下に進めるべきかについて「研究手法として有効なのは、データを比較検討する方法であり、大自然の実験から学ぶ方法である」(下巻: 326)とまとめます。
過去の歴史事象に関する因果学(「古因学」palaetiology)を人類史の研究に全面的に導入した点で、本書は画期的であると私は考えます。
訳文も質が高く、分量が膨大であったにもかかわらず、ごく短期間で通読できました。ただし、原著にはある図版(32葉)と参考文献(約30ページ)が訳書ではすべて省かれており、この点で資料的価値を下げています。また、私が見るところ、索引が原著に比べて簡略化されているようです。しかし、全体としてみたとき、今回の翻訳は高く評価されます。
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非常に面白い本
2002/05/16 21:54
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投稿者:MF - この投稿者のレビュー一覧を見る
上巻では各地の人類の進路を分けた要因を紹介しているが、下巻ではその要因が実際にどのように作用したかについて、幾つかの地域を例に挙げて具体的に説明している。オーストラリア・ニューギニア、中国、太平洋、アメリカ大陸、アフリカ。
結局は、母集団の大きいところで競争の機会を与えられた方が優位になるということなのであるが、考えてみれば、このことは生物学的な進化にとどまらず、ありとあらゆる競争について当てはまりそうである。企業間競争など現在のミクロの事象についても然り、かな。
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壮大な視野と独自の角度から歴史科学,自然科学を総動員して解きあかす人類の不均等な発展の謎
2000/12/12 21:15
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投稿者:春名 徹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
人類の文明を総体として論じようという試みは少なくない。代表的な例としては,トインビーの『歴史の研究』がただちに思いうかぶ。しかし『銃・病原菌・鉄』はこの伝統に忠実でありながら,ひと味ちがった角度から人類の歴史に迫ろうとしている。
中心的なテーマは「人類の歴史はなぜ,不均衡に発展したのか?」である。鳥類学者としても著名な著者・ダイヤモンドはニューギニアで調査中に,現地のすぐれた政治家であるヤリという名の人と出会い「なぜ,あなたたち白人はたくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが,私たちニューギニア人は自分たちのものといえるものが,ほとんどない。それはなぜだろうか?」と質問される。本書はこの疑問に答えようとするものなのである。
自然科学者らしい厳密さで,著者は特定の人種がすぐれているという人種主義や西欧文化優越主義を注意ぶかく排除していく。そしてなおかつ不均衡な発展が人類の文明に生じたことを認める。
それらのすべてのことの結果として,たとえば1532年11月16日のカハマルカの惨劇−−すなわちピサロ率いる168人のスペイン兵が8万人の兵士に護衛されたインカ皇帝アタワルパを捕虜とし,インカ軍を壊滅状態に陥れる事件が生じた。なぜアタワルパがマドリットに進撃し,スペイン王カルロス一世を捕虜としたのではなく,その逆が起きたのか?(この設問そのものがこれまでの私たちの感覚にとって,とても新鮮に感じられる)。それはさかのぼれば家畜をともなう農耕生活を採用した人々のもとでうまれた剰余物資が,農業以外の行為を行うゆとりを生みだし,たとえば鉄の生産技術,火砲の発明と発達,文字文化による情報の量の大きさなどなどを生んだことの結果にほかならない。カハマルカの高原でスペイン人に圧倒的な優位をもたらした馬と銃は,このような食料生産様式の結果である。
また家畜から人間にうつされた病原菌は,ある大陸の人々には免疫を与えたが,別の大陸にもちこまれたとき,免疫をもたぬ人々に大きな打撃を与えた。新大陸においてはスペイン人のもちこんだ天然痘が死滅をもたらした。「銃,病原菌,鉄」はこの意味でキーワードとなる。
分子生物学,進化生物学,生物地理学,考古学,文化人類学など多くの関連諸科学の最新の成果を取り入れたこと,従来の文明発達論がかならずといってもいいほど,ともなっていた西欧優位ないしは高度文明優位の考えを排除した柔軟な思考方法は,歴史学専攻ではなく,しかも太平洋地域でフィールドワークに従ってきた著者ならではのものといえよう。近代的価値をもういちど再吟味し,グローバルな視野から改めて新しい価値の体系を見いだそうとするポストモダンの時代にふさわしい,知的刺激に満ちた一冊といえよう。
(C) ブッククレビュー社 2000
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人類史上での大きな出来事を取り上げた書。なぜ、ヨーロッパ大陸に発生した文明が、現在の覇者となりえたのか、何が重要であったのか。平易で読みやすい。日本やアジアの扱いについて、もうちっと言及があるとなおよかった。
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第3部|銃・病原菌・鉄の謎第12章 文字をつくった人と借りた人第13章 発明は必要の母である第14章 平等な社会から集権的な社会へ第4部|世界に横たわる謎第15章 オーストラリアとニューギニアのミステリー第16章 中国はいかにして中国になったのか第17章 太平洋に広がっていった人々第18章 旧世界と新世界の遭遇第19章 アフリカはいかにして黒人の世界になったかエピローグ 科学としての人類史
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文明の生態史観を読んだときも感銘を受けたが、今回はそれ以上だ。歴史本なので軽い気持ちで読んだのだが、極めて論理的で説得力がある。なぜ地域によって格差が生まれたのか?それを環境決定要因で説明するあたりが強引に感じられるのだが納得させられてしまうのである。また、読んでる最中に次々沸き起こってくる疑問を予想されてたかのように解決していく文章構成も見事!ちょいと長すぎるので最後読むのがつらいところもあった。(2006/1/14読了)
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・実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作り出そうとして生み出されたわけではない。
・あの時、あの場所で、あの人が生まれていなかったら、人類史が大きく変わっていたといううような天才発明家は、これまでそんざいしたことがない。功績が認められている有名な発明家とは、必要な技術を社会がちょうど受け容れられるようになったおtきに、既存の技術を改良して提供できた人であり、有能な先駆者と有能な後継者に恵まれた人なのである。
・技術は、非凡な天才がいたおかげで突如出現するものではなく、累積的に進歩し完成するものである。
・新しい技術はつぎなる技術を誕生させる。ゆえに、発明の伝播は、その発明自体よりも潜在的に重要なのである。
・社会の革新性は個々の社会によって異なるため、大陸に存在する社会の数が多ければ多いほど、技術が誕生したり取得されたりする確率も高くなる。
・家畜とは、人間が自分たちの役に立つように、飼育しながら食餌や繁殖をコントロールし、選別的に繁殖させて、野生祖先種から作りだした動物のことである。
・社会は自分たちより優れたものを持つ社会からそれらを獲得する。もしそれを獲得できなければ、他の社会にとって変わられてしまうのである。
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このような広範な分野を総合した作品は希である。また、大陸の大きさや、大陸が東西広がるか南北に広がるかが、社会の発展の究極な要因になったという結論は斬新である。文句無しに星5である。
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下巻では、上巻で示された論拠から歴史の流れを演繹する。
時にダルい説明だが、各章に意外な驚きがある。
上下巻を読んだ感想
・現代の科学知識を使った唯物史観
金が有ったら買ってみて欲しい。
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『銃・病原菌・鉄』は、その出版後すぐに、知識人層に広く積極的に受け入れられた。そこに含まれる人類史に対する包括的な論証と発想の面白さがその理由であろうが、もう一つ見逃してはいけないことは、多くの知識人にとって、著者の論理が人種間の能力差によってこれまでの歴史的な格差が生まれているのではなく、地理的要因という能力差に依らない偶然によって生まれたものであると自らを納得させるものであったということがその背景にはある。人は平等でなくてはならないという至高の原理を、ジャレド・ダイアモンドが論理的に証明してくれたのだから、これからはこの点については枕を高くして眠ることができるというわけである。それが、これほどまでに本書が深く世間に受け入れられた理由ではないかと考えられる。
正確には本書は、世界を征服する「文明」が西洋において発生したのは、欧州に住んでいる人間が優秀であり創造的であったからだというのではなく、地理的環境からくる条件による影響が支配的である、という仮説を示したに過ぎない。また、人種間に差がないことを示したわけではない。しかし、我々人類の支配-被支配の歴史的過程が、人種間の能力の違いによって説明される必要がなくなっただけでも、それが不完全な仮説でしかないことを忘れさせてくれるくらい素晴らしいことなのである。
本書に書かれている論旨は、注意深く読んでいくと、結論ありきの結果論と言われてもおかしくないところが少なくない。仮に、世界史の趨勢が人種間の能力差によって生まれた可能性が高いなどという結論が出たとしても、著者はそんな本は出さなかっただろう。もちろん、そういった方向え論旨を立てようとも証拠を探して配置しようともしないので、そんなことは起こりえなかっただろうが。
むろん、著者のその意図は最初から隠されていない。なぜなら、この本に書かれていることを考えるきっかけとなったのが、パプアニューギニアの友人に、西洋人とニューギニア人とでここまで「持つもの」と「持たざるもの」としての差ができたのかという問いから来たと告白しているからである。本書の中では繰り返し、彼らの知性は、決して西洋人に劣るものではなく、かえって優秀であるとさえ言える、と言っている。生存に必要な条件が厳しいため、彼らの方が優秀だと語るときには、無意識的に優生学的な議論の罠にはまっていさえするようにも見える。
この本の時代背景には、近年の遺伝子解析技術の目を見張る進歩がある。本書が書かれたときには、ヒトゲノムの全塩基配列を確定しようとするヒトゲノムプロジェクトが進行中(2003年に完了)であった。早晩、人種間の遺伝子の差や出自についても明らかになることが期待されもし、同時にまた怖れられてもいた。西洋文明が世界を支配したのは、それを産みだした人間に備わる遺伝的特質や傾向が見つかってしまうのではないか。そういった状況において、地理的要因によってそれらは説明可能なのだから、遺伝的差異などといったことは気にかける必要はないのだと言ってもらったのだ。
その畏れを暗示的に示しているのは本書の中の次のような記述だ。
「ミトコン���リアDNAを調べる分子レベルの研究は、最初のうち、現生人類のアフリカ起源説を示唆するものとされていたが、現在ではこの分子人類学の発見自体が疑問視されている。一方、生理考古学を専門とする学者のなかには、中国やインドネシアで発見された数十年前の人類の頭蓋骨に、現代の中国人やオーストラリア先住民のそれぞれの特徴と共通するところがあると指摘する人たちもいる。もしそれがほんとうであれば、現生人類の起源は、「エデンの園」起源説ではなく、複数地域での同時発生説を支持することになるが、どちらが正しいという答えはまだ出ていない」
ジャレド・ダイアモンドがいち早く、その答えはなぜ世界が西洋文明によって支配されるようになったのかという問いとは関係ないことだと宣言したかったと想定するのはおかしなことではないだろう。それはまたジャレド・ダイアモンドにとってだけではなかったがゆえに、多くの人が彼の提示する仮説に飛びつき、そしてその仮説を真実だと信じたのだ。
また、現時点では多くの専門家が同意するネアンデルタール人との混血について、本書では次のように記載されている。
「ネアンデルタール人とクロマニヨン人とが混血したという痕跡は、まったくといっていいほど残されていない」
マックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボのグループが、ネアンデルタール人と現生人類との混血の可能性が高いことを報告したのが2010年。たった10年少々で、ここまで断言したことが覆されることは科学の発展という観点からエキサイティングなことだが、著者がネアンデルタール人との混血を潜在意識で望まなかったこともまたここから示唆されるのである。なぜなら、西洋を特徴付けるものとしてネアンデルタール人由来の遺伝子が入りこんでくる可能性を排除したいという意向が潜在意識において働いていてもおかしくはないからである。その意味では、ネアンデルタール人由来の遺伝子が欧州以外のアジアや南北アメリカの現生人類にも引き継がれているという最近の研究結果は、ある種の人びとにとっては僥倖であった。一方で、アフリカ人には、ネアンデルタール人の遺伝子が含まれていない。その遺伝子は生存・繁殖に有利だからこそ非アフリカ人のゲノムの中に残ったという論理も成立し、その遺伝子がゆえに歴史の中で優位に立ったのだと解釈することも仮説として成立するのである。今般のコロナウィルスへの耐性が国によって違うことをネアンデルタール由来の遺伝子の可能性があるというニュースが流れたが、そういった議論はある種の「危険」を孕んでいたのである。
以上のような背景・理由でもって、本書がダイアモンドの理論に有利な証拠だけを選択的に集めているかもしれないという可能性、悪意のない恣意的な論理が含まれている可能性、無視できないほどの単純化が行われている可能性、について念頭に置いて読み進められるべき本だというべきなのである。その論旨が、多くの識者に受け入れられているからといって、それを鵜呑みにするべきではなく、逆にだからこそ疑ってかかるべき理由にすらなるのである。出版当初、自分も含めて、かなり熱狂的かつ無批判に受け入れられた印象がある本書だが、20年を経た今であれば、もう少し慎重な評価を求める作品であると言える。
この『銃・病原菌・鉄』出版のしばらくの後、専門を持ちながらも博識な知識を駆使して、いわゆるビッグヒストリーを描いた著作が何冊かベストセラーとなった。遺伝学関連の科学ジャーナリストのマッド・リドレーが『繁栄』(原著2010年刊)を出版し、経済学者のダロン・アセモグルは『国家はなぜ衰退するのか』(原著2012年刊)を世に問うた。超ベストセラーとなった歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(原著2014年刊行)はその代表例だろう。ユヴァル・ノア・ハラリはその後、『ホモ・デウス』や『21 Lessons』を出して、ビッグヒストリーをさらに未来の方向に進めた。
一方で、ジャレド・ダイアモンドは、『文明崩壊』(原著2005年刊)で過去の事例分析を行い、そして、その後『国家はなぜ衰退するのか』をダロン・アセモグルと書くことになるジェイムズ・A・ロビンソンとの共編著として『歴史は実験できるのか』(原著2010年刊)を刊行し、『銃・病原菌・鉄』が結果論ではなかったのかという問いに対して、自らその証明を模索したのである。その後、『昨日までの世界』(原著2013年刊)で、世界にいまだ残るが恐るべき速さでなくなりつつある原始社会を分析し、『危機と人類』(原著2019年刊)では、近現代における国家的単位での歴史事例の分析に向かったのである。それらは彼が『銃・病原菌・鉄』で提示した理論にとって、少なくとも彼にとってはいずれも切実な問題だったのである。その意味で、ジャレド・ダイアモンドは学者として誠実であると言ってよいのではないか。少なくともユヴァル・ノア・ハラリが進んだ道との差について、それがよいとか悪いとかではなく、地理学者・鳥類学者としての出自と、歴史学者としての出自の差を見るべきなのかもしれない。
本書でも最後まで課題とされていたのが、同じユーラシア大陸に位置する中国と西ヨーロッパとの歴史上における差異がなぜ生まれたのかである。そこまでは栽培に適した植物や家畜化可能な大型哺乳動物の存在によって、比較的きれいに整理されていたものが、中国の分析になると筆の鈍りが感じられる。中国が揚子江と長江に挟まれた比較的地理的な障壁が低く、統一国家が生まれやすく、それが国家共同体間の競争を産むことを妨げた。一方でアルプスや川など地理的に統合が難しいヨーロッパで複数の国家共同体が競争したことで、西洋文明とそのグローバル展開が生じたと結論づけてはいる。やはり、そこでも地理的条件が要点になるのだが、論理的にどこか無理が生じており、またそのことは著者もきちんと意識をしているのである。
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『超訳 ヨーロッパの歴史』の著者は、なぜヨーロッパ文明がどこよりも早く最初に産業革命・科学革命に辿り着き、世界を席巻する結果となったのかと問うた。そしてその答えは、最初に辿り着いたのではなく、奇妙なその独特さからこそそこに辿り着いたと結論付ける。おそらくヨーロッパ文明がこれほど獰猛であったことは、『銃・病原菌・鉄』ではカバーしきれないテーマであったのだろう。
今となっては批判的に読まれてもよい本。またそれがおそらくは、著者の意志に添うものでもあるのだ。
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『銃・病原菌・鉄 (上) ― 1万3000年にわたる人類史の謎』(ジャレ���・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4794210051
『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの(上)』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4794214642
『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの(下)』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4794214650
『危機と人類(上)』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4532176794
『危機と人類(下)』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4532176808
『昨日までの人類(上)―文明の源流と人類の未来』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4532168600
『昨日までの人類(下)―文明の源流と人類の未来』 (ジャレド・ダイアモンド)のレビュー
『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)』 (マッド・リドレー)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152091649
『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(下)』 (マッド・リドレー)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152091657
『国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源』 (ダロン・アセモグル、ジェイムズ・ロビンソン)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152093846
『国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源』 (ダロン・アセモグル、ジェイムズ・ロビンソン)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152093854
『サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福』 (ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X
『サピエンス全史(下) 文明の構造と人類の幸福』 (ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309226728
『ホモ・デウス (上): テクノロジーとサピエンスの未来』 (ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227368
『ホモ・デウス (下): テクノロジーとサピエンスの未来』 (ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227376
『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』 (ユヴァル・ノア・ハラリ)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227880
『超約 ヨーロッパの歴史』 (ジョン・ハースト)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4487811996
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下巻では、前半に文字や技術発明、社会体系の発生及び伝播について、後半では今までの論を示す為に各々の事例を見ていく。
後半は今まで言っていたことの繰り返しという色合いが強く、途端に読むのが辛くなってしまった。偶に新たな発見もあったけれど。
ところで。
序文・プロローグ・エピローグが長い本ってなんか読むのが疲れてしまいますね。
ところで。
この本は上巻と下巻の表紙を繋げると一つの絵になるようになっているのですが、ネットだと画像が見えるので簡単にそういうことが確かめられるのは便利ですね。
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銃・病原菌・鉄の下巻。上巻より下巻の方がかなり面白かった。文明崩壊の時は下巻があんまり
面白くなくてどうなるのかなと思ったけどよかった。それにしても文明の差というのはホントちょっと
の差で決まっているのがわかる。後何か生まれるのは突然変異的に生まれることはほとんどない。
発明は必要の母というのはなるほどと納得した。今回は結構駆け足で読んでしまったから今度読むときは
もっとじっくり読みたいと思った
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壮大なテーマがしっかりとした検証されている。
世界史は偶然の積み重ねではなく、その土地が持っている特性によって導き出されたものなのではないか、と思わせてくれる。