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商品説明
【毎日出版文化賞(第50回)】医師として往診先の模様をたんたんと綴った表題作他、分裂病や老い、ハンガリーへの旅、独自の文化論でもある「きのこの匂いについて」など、精神科医としての観察と感受と寛容が生んだエッセイ38篇。【「TRC MARC」の商品解説】
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紙の本
他者に対する限りなく優しい眼差し
2003/01/18 19:00
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:たこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
初めて中井久夫の著作を読んだ時の不思議な感動は忘れられない。当時はどうしてそこまで感動したのかわからなかった。比較的専門的な著作だったせいもあると思う。
だが、久しぶりに彼の著作でも読むかと何気なく手にとったエッセー集である本書を読んで、この人の文章の何に自分が惹かれてきたのかがようやくわかった気がする。
この人の書くエッセーを通じて感じるのは、人間の微妙な距離感であり、ぬくもりである。そして人間に対する優しい眼差しである。
著者自らがいうように感覚の人なのだろうと思う。決して理論や論理をおろそかにしているという意味ではない。
一旦起こっていることの全てを自分の身体に受け入れ、感じることでしか分かり得ない人なのだろう。
その受け入れ方が他者に対する配慮に満ちており、それが文章に滲み出ているので、こんなに優しい文章に出会ったことがないと感じてしまう。そして、文章を読むことを通じて、他者に対する距離のとり方を自然に教わっているような気にさせられる。だから、読後にはこれまでよりも少しだけ他者に対して優しくなれるように思うのだ。
そういう稀有な体験をさせてくれるから、僕は中井久夫の文章を愛してやまないのだろう。そういうことを本書を読みながら考えていた。
本書は、精神医療の現場でのフィールドノートとも言える表題作を皮切りにして、新聞に連載した日記風のエッセーや精神病棟設計の裏話、自らが第一人者として手がけてきた現代ギリシャ語詩について、はたまた著者としての心構え論等を集めたエッセー集である。ただ、何について語っているかはさして重要ではない。ひたすらこの人の文章が発する優しさに触れることが大切なのだと思う。
ジョン・カサヴェデスという映画監督がいる。彼が自分の妻であるジーナ・ローランズをヒロインにして捕った映画「こわれゆく女」を見たときの衝撃を僕は忘れられない。画面全体から痛いほどの愛情がほとばしっていたからである。映画はかなり見る方だが、そんな映画体験をそれまでにしたことがなかった。
ストーリーや映画の作りが特に優れているわけではない。だが、こんな映画を見たことがないという気にさせられる。彼の妻に対する愛の深さ、映画に対する愛の深さを感じさせられる映画だからだろう。
中井久夫の著作を通じて感じるのもカサヴェデスの映画に感じるものに似ている。文章全体から自分が接してきた人間や自然に対する愛が伝わってくる。だから、こんな文章に出会ったことがないと感じてしまう。
全ての人に読んで欲しい。切にそう思える稀有な本である。