阿弥陀堂だより

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投稿者：佐々木　なおこ　-　この投稿者のレビュー一覧を見る

「なんだか言葉の遊びをやっているみたいで、いたたまれなくて」
「言葉って、たぶん、もっと大事に使うべきものなんだよね。
たぶんじゃなくて、きっと」
高校時代の同級生だった孝夫と美智子。
クラス討論を抜け出した者同士、なぜか気が合い付き合うようになった。
高校、大学時代を経て、それぞれ就職して数年後、二人は結婚する。
孝夫はサラリーマンを経て作家に、美智子は医者に。
ところがその生活は「おなじマンションの部屋で暮らしていても、
二人の視線がおなじ高さになることはめったになかった。」
夫は作家としての苦悩の日々を送り、
妻は医師として多忙な日々を過ごしていたからだ。
４０歳を過ぎて、そんな二人に転機が訪れる。
美智子が多忙な勤務の末、心療内科にかかるまでとなっていたからだ。
二人は孝夫の生まれ故郷である信州の山奥に住まいを移す決心をする。
「美智子が踵を下げてくれたおかげでようやく互いに
等身大になれた気がする。
難しいことではない。
もう一度ここから歩き始めればいいいのだ。」と思う孝夫。
自然の懐に抱かれた二人の生活。
孝夫はいっこうにはかどらない創作のためのペンを置いて農家の手伝いで汗を流し、
美智子は週の何日かを田舎の診療所で働いた。
二人に、その田舎である一人の老婆との出会いがあった。
９６歳になるおうめ婆さん。
集落から急な山道を登ったところにある阿弥陀堂で、
堂守を４０年近くも続けている人だ。
集落で配られている広報誌には、あるコラムがあって、
孝夫はそれを読むのを楽しみにしていた。
「阿弥陀堂だより」というタイトル。
おうめ婆さんの言葉を書き留めたものだ
「九十六年の人生の中では体の具合の悪いときもありました。
そんなときはなるようにしかならないと、考えていましたので、
気を病んだりはしませんでした。
なるようになる。
なるようにしかならない。
そう思っていればなるようになります。
気を病むとほんとの病気になってしまいます。」
読んでいて、実にさりげなく心に届き、しかも心に沁みる内容が多かった。

「死ぬことは生者と別れるのではなく、
生者よりもはるかに多い死者たちの仲間に入るのだという
あたりまえの要領が、
阿弥陀堂の壁を眺めていると単純明快な視線を介して理解できる。」
孝夫も美智子もおうめ婆さんの元に通ううちに、
徐々になにかが変わっていった。

「おれたちも齢なのかなぁ」
「もののあわれっていうか、命のはかなさ、人生の一回性、
そういうものが実感として分る年齢になってしまったのよね、きっと」。
家に迷い込んできたノラ猫の世話をしながらふと、美智子が孝夫に言葉をかける。
いろんな過程を経て、同じ年の夫婦が中年期にさしかかり、
心新たに、歩調を合わせて次の一歩を踏み出す。
その清々しさがしみじみと伝わってくる。