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紙の本
古びることのない名作
2017/09/06 05:45
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
言わずと知れた大岡昇平による戦後の戦争文学の傑作である。
大岡はこの作品を1951年(昭和26年)雑誌に発表し、その翌年単行本として出版している。戦争が終わって6年である。
もとより自身のフィリピンでの戦争体験が基になっているから記憶が残る時間の中での執筆だろうが、おそらくその場に居た人間しか体験していないことをこうして文学作品まで昇華させるには、単なる時間の経過だけではない精神的な葛藤があったと思える。
その結晶がこの作品の、なんとも気品のあるインテリゲントな文体である。
この作品でいえば、後半の核となる人肉食が強烈ではあるが、私は物語の前半部分、主人公の田村一等兵が所属する部隊から芋数個を持たされ放り出され、向かった戦場の病院でも捨て置かれ、やがては一人フィリピンの島をさまよい歩く場面の連続の方が印象深い。
その中で主人公は死と向かいあっていく。
第八章の「川」にこんな描写がある。
「死は既に観念ではなく、映像となって近づいていた」。
けれど、主人公はその映像として目の前の川の流れを目にする。そこにある「無限に続く運動」を見て、自身もまた「いつまでも生きる」であろうことを確信する。
そこには精神的に脆弱なインテリジェントの姿はない。
知的であるゆえに、あるいは戦場がその知的さを強固なものに変容したともいえる、この男は生きることを選んだのである。
おそらくこの作品は古びることはない。
何故なら、生きることの問いがこの作品には埋め込まれているのだから。