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紙の本
世界のあちこちにいる変質者、あちこちにある監禁の家−−この小説をリアルに感じる最近の日本。
2001/03/30 00:50
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
上巻の巻頭に添えられた言葉−−
「ふたりのほかにはだれもそのことを知らなかったので…」
世の中に陽の目を見ない犯罪は多いと思う。
加害者と被害者の当事者だけしか知るよしもなく、被害者は死に加害者が残り、やがて加害者も死んで永遠に闇に葬られる。
第三者が知りえたけれども、当事者がともに亡き者となり、今さら真実を語ることもなくなったケース。
被害者が幼すぎて、あるいは精神的な疾患があるために、犯罪を告発できないケース。社会的な理由から、被害者が敢えて告発しないこともあるだろう。
この巻頭の言葉は、新潟で起こった少女監禁を思い出させる。
しかし、この小説の被害者ミランダは、無力な少女ではなく、教養を持ち、社会の動向にも敏感な左翼的思想の若い女性である。そして、よくも悪くも上流階級に属している。
この階級意識が、加害者たる男とミランダの関係、監禁が長じて起こるその変化に、大きなかげを落としている。当時の英国の社会を描き出していることが、大きな特徴にもなっているのだ。
上巻のほとんどは、ミランダを拉致することに成功し、自宅の地下室に彼女を閉じ込めて、自由にする以外の望みをすべて受け入れる加害者の語りが占めている。それはミランダが認めるように、盲目的で絶対的な愛なのである。
上巻の最後からは、ミランダが拘禁されてからの日記が始まる。このパートが、この小説で一番長い章を構成して、短い第3章・第4章が再び男の独白になる。
ミランダの日記は、自分が一日どのような目に遭ったかということで埋め尽くされているのではない。
母親のこと、大きな年の差がある芸術家の恋人のG・Pとのこと、美術や読書のことなどが、生活の記録や加害者との会話の間に盛り込まれている。そして、それは当然のことながら、異常な監禁生活の中で破綻していく彼女の心理状態を映し出していく。
苛立ちや暴力的な気分、少し取り戻す落ち着き、諦念による平静など、事あるごとにあちこちへ揺れていく感情。
そして彼女は、自由を欲するあまりに、自分の肉体を使って男の気持ちを変えることを考える。
だが、男はそれに対して異常なほど腹を立てる。ミランダを敬愛していたから、彼女の要求をできるだけ聞き入れて尽くしていたのである。自らをおとしめるような女に成り下がったことで、二人の上下関係は倒置してしまう。
この大きな変化のあと、事態は思いがけない方向に進んでいく。ミランダが流感にかかり、高熱を出すのである。男は、連れてきた当時と同じように一途な気持ちで彼女を看病する…。
結末は書けない。二人に起きたこと、そして男がとろうとした行動、しかし、そこに起きる予期せぬこと…。
だが、最後まで読み通したとき、このような変質者とこのような空間が世界じゅうにいくつでもあり得るというリアリティがのしかかってくる。蝶を愛すように美しい女性をひたすらに純粋な気持ちで愛していた−−始まりは、そこだったからである。