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投稿者:とりまる - この投稿者のレビュー一覧を見る
児童「文学」とは、こういう作品を言うのだろうなぁと思えるお話。
不思議な魅力で景介と晶子を虜にした小谷津さんの家は、リアルに存在する建物をモデルにしたのでしょうか。
もしモデルの家が存在するなら、見てみたいです。
小谷津さんの家にゆりあ目当てで通う景介。
魅入られたようにやつれていく彼を心配する幼なじみの晶子。
このお話で、一番印象に残ったのは晶子です。
色々とできた子だなあと。
景介が描いたゆりあの絵を見て察し、やきもちを焼くけれど、やつれている事の方が心配になったり、小谷津さんが入院した時に服や物を持って行きたいと申し出てみたり。
老人ホームに入った小谷津さんを月に一度は訪れたり。
小谷津さんとはきっと、世代を越えて友情を感じたんでしょう。
良いなぁと思いました。
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高楼方子ひさびさの新作長編小説。カバーの装画にひかれる。
中学生になった夏に、少年が緑に囲まれた古めかしい洋館でであったのは…
序盤はフィリパ・ピアス「トムは真夜中の庭で」を思い出させる展開。「思い出のマーニー」や「マリアンヌの夢」のような物語も思い出すが、主人公が自分をわりと客観視できているところがぞくぞくする。中盤からはミステリの色も濃くなり、ぐいぐい引き込まれてエピローグまで一気に読み終えた。筋立ても登場人物も、読むひとが自分でであってほしいのでここに書くわけにはいかないが、自分にとっては親近感を感じるいとしい人たちの物語、うつくしくやるせないファンタジーだった。夏の終りによむにふさわしく、物語が閉じる頃にはいろいろな想いで胸がいっぱいになった。
いつかピアスと読み比べてみたいし、梨木香歩「裏庭」あたりも再読したくなる。そして高楼方子さんのこれまでの作品も…(ブクログを始める前に読んだものが多いので、記録がないのがざんねんだけれど、高楼方子の新作なら読まないわけにいかないという直感はまちがっておらず、期待をこえる感激があったので、やはり再読しなければ…)
そうそう、河合隼雄が存命だったら、きっとおもしろがって読んだだろうなあ…
そして、本好きさんならきっと愛するであろうこのお話、いつかアニメ映画化される予感あり。
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あぁ...そうそうこの不思議な世界に入り込んでいく感じ。高楼方子さんの “長編” は『十一月の扉』しか読んでないけど、読み進めていくと『思い出のマーニー』のような...物語にも思えてきて。
(返却日までに読み終えられず...
延長しようとしたら
予約している人がいて返却することに...)
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絵本『まあちゃんのながいかみ』や幼年童話も大好きだけど、やっぱり読みたかった高楼方子さんの長編。
幻想的で美しく、思春期の心の襞が鮮やかに描かれ、切なくじっくりと読ませられた。
待った甲斐がありました。
装画は『夏の朝』本田昌子/作と同じ木村彩子さんだ。緑溢れる絵が夏の日を、水彩の淡さが物語世界の不確かさを感じさせる。
木村彩子さんのこの2冊の本がなんとも不思議な対比をなしている。
『夏の朝』は古い日本家屋『黄色い夏の日』は古い洋館を舞台に、『夏の朝』は蓮の花『黄色い夏の日』はキンポウゲの花がいちめんに咲く庭で、『夏の朝』は中学2年の少女『黄色い夏の日』は中学1年の景介が、どちらも夏の日々に時を越えた旅をする。
景介は自分の体験している非現実を冷静に判断し、畏れを感じながらもその世界を受け入れていく。
ファンタジーにすんなり入っていく幼い子とは違う、中学生という年齢の感覚の描き方が現実的であり説得力があった。恋する気持ちの切なさも痛いほど伝わってきた。
洋館に住む小谷津さんが魅力的で、家具や小物に至るまで素敵。
『物語のもつ力』に想いを巡らしました。
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高楼方子さんの長編の作品のファン。今作品も不思議な世界に引き込まれた。中学1年の景介は美術部に在籍している。ある時絶対に描きたいと思わせる洋館に出会うのだ。住人である小谷津さんというおばあさんとの交流が始まったが、家の絵を描くことより、小谷津さんがたくさん所有している本の整理を頼まれるのだ。そして館を訪れると不思議な出来事が起こって…。
私が好きな高楼方子さんの世界観で、とても羨ましく、夢中で読んでしまった。
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以前、方子さんがトークショーで、
「くるとき、札幌からの飛行機で、物語が降りてきたの。
男の子が主人公です」と、おっしゃっていたの物語が
たぶん、こちらなのでしょう。
大好きな方子さん、その意味でも、待ちかねていた新刊です。
→https://blog.goo.ne.jp/mkdiechi/e/cc1ec6ab9ee6ca06ab0322d71c51e8eb
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洋館、おばあさん、少女、花、本、日記、昭和…。昔と今が交差するファンタジーを書かせたら高楼さんは絶品だ。特に今回は洋館ってのがまた。幻想的な雰囲気をより掻き立てる。人間の想いの強さは想像もできない奇跡を起こすこともあるのかもしれない。不思議はそこかしこに溢れている。
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中学受験する子どもが、国語の過去問に載っていて、きれいな物語だったから全部読みたい、ということで借りてきたこちらの本、色合いで言うとエメラルドグリーンがかっていて、ミステリアスなファンタジーです。
本人は勉強に忙しく、結局最後まで読めず、私も半分ぐらいまで読みましたが、それ以外の日々の忙しさに時間を奪われ、返却日になったため、そこで返却しました。
先にガンガン読みすすめたい、最後まで読みたい、とならなかったため星三つですが、途中で中断した際も、ふんわりその世界観に包まれているような不思議な感じがしました。
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『その家は、木々と草花に囲まれながら、堅牢に、しんと建っている。黒ずんだ灰色の壁と緑の屋根の古めかしい、決して大きくはない洋風建築で~(中略)~その家を目にしたときから心惹かれていたのだった。家そのものだけではなく、黄色い小花が木立の間にちらちらしていた前庭の景観をふくめて、まるごとぜんぶに。』
高楼方子さんの作品で、『怖い』という感情が生じたのは初めてかもしれない。
しかし、その感情は、別の言葉の裏返しであるようにも思われ、それは、人を想うことに囚われた一途さから始まったのかもしれない。
中学一年生の「景介」と、その幼馴染みの「晶子」が、上記の洋館に一人住むおばあさん、「小谷津さん」を訪ねて、菩提樹の花茶を飲みながら楽しむ、やや現実離れしたささやかなひと時は、読んでいて心地好く、素敵な時間に感じられ、窓から見える前庭には、黄色く咲き誇るキンポウゲの群れ・・
最初に、景介が洋館に惹き付けられた時から、既に予兆はあったのかもしれない、その幻想的で不思議な出来事には、一応、解答めいたものが終盤にあり、それを知ったときの私の感情が、上記の『怖い』だった。
景介が初めて知った狂おしい想いと、その真意が分からずに悩み苦しむ晶子と、二人の心のフィルターを通すことで、改めて、これまでの人生の喜びを再認識する小谷津さん。この三人の関係性は、思いのほか深いものがあり、中学生二人が小谷津さんに関わったようでいて、実は全く逆で、その遥かなる時を隔てた、人を好きになるという想いの、呪術にも似た、奇跡を起こすかのような神秘的な力には、まず怖さを感じてしまったのだ。
しかし、ラストシーンの、景介の興味の対象が、やや変化した姿を見ると、どうやら景介自身は、そうした風に思ってはいないようで、しかもその怖さを、人間の持つ一部分だと解釈しているようにも思われる、その姿勢には、狂気にも近い、人を想う気持ちの不可思議さを、景介自身も実感したからだと思い、改めて、小谷津さんの少女時代に湧き起こった、自らの行動指針と相異なる、もう一つの欲望には、良い悪いという概念ではなく、人間の起こす行動として、とても共感できるものがあった。
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高楼方子さん、ラジオで始めて声を聞いた。
なんか可愛らしい感じ。
ああこのひとがこーゆー物語を紡ぐんだなあっと納得。
ひと夏の恋と成長物語、と言うことなのかな。
不思議な雰囲気をもつ家に惹かれる少年が
そこで出会い恋をする。
恋わずらい、とはよく言ったもの。
そこまで誰かを想う、と言うのは正直よく分からないんだけれど、心が動かされるってゆーことなんだろうなあ。
狂うほどに。
児童書に 狂う、と言う言葉が出てきたことにびっくりした
柳田國男の狂う一歩前の話を思い出した。
過去と現在と現実と空想とが重なって重なって
その時にしかない空間が生まれる・
案外現実は簡単にひっくり返るものなのかも、とも思ったり
けれどそれはいろんな条件が揃ってのこと。
キンポウゲも咲き終わり、家もなくなってしまえば消えてしまう儚いもの。
なんとか現実に戻った少年は幼馴染と大人になるんだろう。
ヒミツの場所、自分にとって特別な場所ってのを
持っていたい、という感覚はよくわかる。
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中1の夏を迎えた景介は、美術部の課題の絵を描くために以前から惹かれていた家に向かっていた。
三角帽子を思わせる尖り屋根に真四角の窓や縦長の窓がいくつか並び、歳月の中でじゅうぶんに古色を帯びた建物はしっとりと落ち着いていた。
緑の草原に眩いほどのキンポウゲ。
まさしく絵にしたいと思うほどだろう。
そこに住む小谷津艶子さんは、祖母が入院していた時に隣りにいたおばあさんだった。
その庭で知り合ったゆりあと仲良くなり、時をおいて裏の家のやや子とも親しくなる。
けれどいずれも艶子さんがうたた寝している少しの時間だけ…。
艶子さんの探している本を見つける為に大量の蔵書の片づけを手伝うことになるが、ゆりあに会いたい一心でもあった。
幼なじみの晶子が、ただならぬ景介の様子を見て後をつけてから彼女も艶子さんと親しくなるのだが…
その頃には、景介はゆりあの存在に疑問を持ち、やや子とは…いったい誰かと漠然とした考えを巡らせていた。
引き込まれてしまうほどの魅力がたっぷりと詰まった本。
憧れと優しさと夢中になれるものがある。
そして、この家と庭のキンポウゲの風景に気持ちをもっていかれるようだった。
夏は終わってしまったけれど夏におすすめの児童書といえるだろう。
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中学生の景介が、古い館で経験する、ひと夏の物語。
児童書で、ファンタジーの形式をとっているのだが、私にはややわかりにくかった。
古谷津艶子の人生と景介が、時空を超えて関わり合うのだが、それは老人の記憶の中にもなかったことも含まれており、ただ書物と日記だけが真実を物語っている。
晶子は現実のままにとどまるが、謎解きの一端を担う。
メッセージ性のある部分はよく伝わるし、さすがに言葉の選び方も素晴らしい。こんなふうに語れる人なのに、物語全体を通すとやや混乱して、若い人に届きにくいかもという印象。(私の理解力が足りないだけかもしれないけど)
高楼さんの新作は、艶子さんの人生を借りて、ご自身を重ね、若い世代に大切なことを伝えたかったのかなと思う。
愚鈍な私は、賢明な若い方たちに、この物語が届くよう願うよりない。
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一行目:七月半ばの日曜の午後だった。
前回読んだ、十一月の扉がとても良かったので、図書館に在庫のあるものから。
お恥ずかしながら、あんなに作品数のある方だとは知らず。なんで読む機会がなかったんだろう。
今回も大変記憶に残る、いい本だった。絵もすばらしい。
小谷津さんも素敵なキャラだけど、息子さんの誠也さんがよかったなぁ。
まだティーンの主人公たちに向かって「〜だから、母が、こうして、きみたちと仲良くしているというのが、実は非常に不思議なんです。きみたちくらいの、まさに思春期の子どもなんか、鬱陶しいと思うような人だと思ってましたからね」とハッキリ。
作者が描く大人は、いつも正直に生きている人が多い。
そんで、おばあちゃんでも子どもを鬱陶しいって思っていいんだ!という清々しい気持ちにもなった。
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話の展開はかなり感覚的で分かりにくいのだけど、描きたかったことはハッキリしてると感じた。
謎めいた洋館と謎めいた少女、そこに少年少女だけではなく、老女が絡んでくるのが最近の高楼さんぽい。
挿絵も効果的に挿入されていて、日常の隣の異世界を堪能出来ました。好き。
アホっぽい感想で申し訳ないが、主人公がやや子に言った言葉は「困った時に〜」の台詞はめっちゃイケメン……!
こんな事を言える子がいたらそれはモテますよね。