京都地蔵盆の歴史

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京都に越してきて十数年になる。関西圏に住むのは初めてだったこともあり、言葉や風習の違いにいろいろと驚くことが多かった。
中の１つが地蔵盆。これは関西というより、京都を中心に周辺府県で行われているものである。最初に回覧板で目にしたときには、「えーと、それは何だ？」と戸惑ったものだった。

夏休みの終わり頃、８月２４日前後の週末に、町内のお地蔵様の前に、子供たちが集まって、福引きをしたり、おやつをもらったり、ゲームをしたりする。言ってみれば、子供のためのお祭りである。大人にも日用品と称して商品券が配られたり、町によっては飲み会のような行事がある場合もあるが、主役はやはり子供である。
お地蔵様は新調したよだれかけを掛け、時には顔を描き直してもらい、お堂もきれいに飾り付けがされる。お供え物を並べ、花も普段より豪華に飾られる。お坊さんが呼ばれて読経をしたり、みんなで輪になって数珠を回したりする。お地蔵様の側のスペースにテントを張って、提灯をぶら下げる。
京都近郊の人なら、ああ、あれか、とすぐわかるのだろうが、よその地域の人にはあまり馴染みのない行事だろう。
本書はこの地蔵盆の成立を探る１冊である。

京都とは、本当にお地蔵様の多い土地である。辻辻にお堂があるといってもよい。
小さな祠を覗いてみると、中のお地蔵様は素朴なものが多い。石を少し彫り込んだくらいのお顔もあれば、石の塊にお地蔵様の絵を描いたものもある。かろうじて形が頭と胴体のように見えるものもある。ほとんどが石仏であるお地蔵様は、市内だけで一万体以上はあるという。
石仏自体の起源は中世の墓標に遡ると考えられるようだが、中世の絵図などには、現在のような形でお地蔵様が祀られた記録は見あたらない。
現在の地蔵盆の前身と考えられる「地蔵会」が史料に登場するのは、江戸期に入ってからである。伝染病や人さらいなど子供を巡る不幸な出来事が耳目を集め、社会不安から、突発的・熱狂的な地蔵信仰が広まったものと考えられるようだ。
お地蔵様は、現世の幸福を約束し、何より、子供を守るとされる存在である。中世に作られた石仏は、戦乱の世を経て、打ち捨てられ、埋まっていた。こうした石仏の地蔵が次々に掘り起こされ、祀られる。もちろん、一万体の石仏がすべて掘り起こされたものというわけでもないだろうが、こうした動きが結晶の核のようになって、周辺地域にわっと広まっていったと考えるのはある程度妥当な線だろう。

江戸期の地蔵堂は現在のものよりも大きかったようで、大抵は、町の入口、町木戸の側にあったようだ。町全体を守る、象徴的な存在であったのだろう。
各町内では、地蔵会と称して、さまざまな催しが行われた。飲食物が供されたり、生け花が飾られたり、百万遍念仏（数珠を回しながら念仏を唱えると、それぞれの功徳が共有できるとするもの）が唱えられたり、造り物と呼ばれる物語の場面を再現した細工物が作られたりした。おもしろいところでは、毎年「目方改」と称して、町内の人たちの体重を量るコンテストをしていたところがある（これは現在でも行っている町もあるらしい）。
人々に楽しまれてきた地蔵会���、激動の時を迎えるのは、明治期である。近代化を進めようとするお上の目には、地蔵信仰はいかにも旧時代の迷妄な催しに見えた。道路にせり出して建てられた地蔵堂は往来の妨げでもあった。大勢が集まっての飲食などは感染症蔓延の怖れもあった。
地蔵堂を壊し、地蔵は撤去せよ。
こうした布達が京都府により出されたのが明治４、５年の頃。時を同じくして、盂蘭盆会の行事や念仏会も差し止められている。

地蔵堂は確かに撤去された。そのため、京都の道路整理は進み、おなじみの碁盤の目が整った側面はあった。
けれども、人々は水面下で地蔵会を続けていた。撤去・廃棄せよと言われたお地蔵様も誰か彼かが預かって祀り続けた。勢いは止められなかったものか、明治１６年、先の布達は取り消され、地蔵会はここに正式に復活する。
これ以降、ともに復活した盂蘭盆会と組み合わされた行事との見方が強くなり、地蔵会より地蔵盆の名称が定着していくことになる。
現在の日程になったのは、明治５年、グレゴリオ暦が取り入れられて、各種年中行事の日程が変動した後のことである。旧暦では７月であったが、五山の送り火が８月１６日になったのに合わせて、８月２４日（前後）とされた。

現在の地蔵盆は少子高齢化で、主役の子供が減り、担い手は高齢化し、存続が危ぶまれる町も多い。
とはいえ、現時点では京都市内で、なお７０％を超える町で実施されているとのこと。
私もちょうど今年当番で世話係を担当したが、自分の子供が大きくなると、意外に小さい子に触れる機会が少ない中、忙しくも楽しいひとときを過ごした。「子は地域の宝」というと何だか仰々しいが、やはり小さい子は見るだけでほほえましい。
由来はどうあれ、夏休みの終わりの子供のお祭りが続いてきたのは、子供を見守る優しいお地蔵様のおかげかもしれない。