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黒の試走車 (岩波現代文庫 文芸)
著者 梶山 季之 (著)
一九六〇年代初頭、自動車が大衆の欲望の象徴へと踊り出ようとする時代。自動車メーカーの熾烈な新車開発競争の現場で、朝比奈豊が異動した部署は企画PR課、その仕事とは産業スパイ...
黒の試走車 (岩波現代文庫 文芸)
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商品説明
一九六〇年代初頭、自動車が大衆の欲望の象徴へと踊り出ようとする時代。自動車メーカーの熾烈な新車開発競争の現場で、朝比奈豊が異動した部署は企画PR課、その仕事とは産業スパイであった。友人の不審な死の真相と、社の内外に飛び交う新車開発の秘密情報を追究する中で彼は何に直面したか。産業スパイという斬新な主題を時代に先駆けて活写し、一世を風靡した企業情報小説の傑作。【「BOOK」データベースの商品解説】
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戦いはいつだって独り。だけどルルルル〜
2008/01/14 23:06
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
昭和30年代、ある新興自動車メーカーで新車開発の情報が他社に漏れていたことが発覚する。衝撃を受けた社は新組織を作り、社内の機密防衛、そしてこちらも負けじと他社情報の入手を画策し、主人公がその新部署の課長に抜擢される。すなわち産業スパイの誕生である。そして、老舗メーカーでは既に強靭な組織を作り上げ、老練な策を弄していたことが徐々に判明し、虚々実々の駆け引きが繰り広げられる。
機密書類の盗み出し、買収、罠、いずれにしても、この現代にやったら不正競争防止法で一発アウトだが、当時はまだ情報を盗むことに対する法律も、罪悪感も無い。あるのはただ、喰うか喰われるかの知恵と力の勝負だ。10年ほど前には闇市で生き抜いてきた人々には、自分の実力だけがもっとも頼れる武器だ。法律やら警察やらに守ってもらうことあてにはしない、そういう逞しさが作品全体から溢れ出している。
成功すればいいが、失敗したらリスクもかぶる際どい仕事で、極度の緊張感にさらされ、主人公の疲労は深まっていく。しかしそれを企業戦士の宿命、企業の奴隷などと揶揄するのは当たらないだろう。彼はあくまで自己実現の場としてこの仕事を受け入れ、自身の達成感、負けたくないという執念、自動車開発プロジェクトへの愛情から為されるものであり、自分の生活圏としての「会社」への愛情に基づくものだ。そういった「会社」観が深刻な問題として浮かび上がってくるのはもっと後の時代になってからで、この時代にはそれ以前に貧しさからの脱出がより深刻な問題だ。結果的にはこういった働き振りによって日本は経済成長を為しえたわけだし。
やがて主人公は、情報収集のために自分の恋人をライバル会社の重役に接近させるまでに及ぶ。そのもたらす結果への危惧は、この物語の中で唯一と言っていいほどの主人公の葛藤だ。自我意識の中で、仕事で成功する自分と、それ以外の部分とが、明確に別物として意識されることを促すが、それはほんの一瞬の出来事として過ぎ去り、また慌ただしく次の戦いが始まる。たぶんこの当時、会社、組織、仕事、経済、そういった諸々のものが日本人の生活を規定するものとして突如襲いかかってきた。そのことを明確に形に表してみせたのが本作であったたことで、多くのサラリーマンに受け入れられてベストセラーとなり、映画化もされてヒットしたことに結びついたのではなかろうか。
2008年は著者梶山季之の33回忌になるらしく、再評価されることもあるかもしれないが、昭和という時代とそこに生きた人間を見る目は確かであったように思う。