| 『ねじれた人と折れた人』/ぬくてるさん |
地下鉄がノロノロとホームに入っていくと、窓外を真横を向いたスーツ姿の男が通り過ぎていった。
ホームで電車を待つ人の列の先頭に、電車の進行方向を向いて立つ男がいたのだ。
入って来る電車に背を向けて立っていたわけで、この時吊り革に捕まりながらそれを見たRさんは違和感を覚えていた。
Rさんは泣く子も黙るスーパーゼネコンのスーパーキャリアウーマンであるが、黒塗りベンツでの出勤はもうちょっと先の29歳である。
それまでに二百億回くらい聞いたモーターとコンプレッサーのおなじみのあの音が響き電車がドアを開けると、その男が乗り込んでくるのが目の端に映った。
まともに見る気はしなかった。
なんせ、「横を向いた状態」そのままで電車に乗り込んできたのだから。
それも「カニ歩き」の不確かな歩調ではなく、普通に歩いて乗ってきたのだ。
上半身と下半身がねじれているのだ。九十度に。
人間であるはずがなかった。
(目を向けたらこちらに興味を持たれてしまう)
そう思ったRさんは好奇心をねじ伏せ、視線を虚空に舞わせていた。
Rさんが視線を舞わせている時間はもうちょっと続くので、ここでRさんが好きなピエール・モリニエについてちょっと説明。
ピエール・モリニエはフランスのエロティックな作品を残した芸術家で、その有名な作品に人体が臀部や性器を中心に折れている画があります。
モリニエについては以上。
Rさんが視線を虚空に舞わせてしばらくすると、突然鉄錆の臭いを嗅いだ。
すると体が硬直してしまった。
「えっ」と思う間もなく腰のあたりを「く」と押された。
Rさんは全てを理解した。
そこで心のなかでこう叫んだ。
「あのねー。それは芸術作品なの。轢死体じゃないのよ。あなたとは違うんだって!」
耳元で「ちぃっ」という舌打ちの音。
硬直が解けた。
Rさんは腰にいれたモリニエの画のタトゥーを「モリ子」と呼んでいる。
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