| 『人を喰ったはなし』/クジラマクさん |
息を吹きかけた芳美の口からニンニクの匂いが漂ってきた。さっきまではそんな匂いはしていなかったのに。
「ね、だからいったでしょ」
高校のクラスメイトの芳美は究極のダイエットを見つけたと喜び、その成果は見た目のも表れていた。彼女は食べ物を一切口せず、サプリメントだけで栄養を取っているのだという。どうしてもお腹が減ると、紙に好きな食べ物の名前を書き、それを食べるというのだ。最初は気休め程度だったらしいのだが、今では不思議と食べ物の名を書いた紙を噛むと、その味や匂いを口の中で感じられるというのだ。半信半疑だった私に『餃子』と書いた紙を、ベーと出した舌の上に乗せると芳美は、くしゃくしゃと音を立て食べはじめた。その直後、芳美は私に息を吹きかけたのだ。
ニンニクの匂いは確かにしていた。
「じゃあ、これ食べてみて」
面白半分に渡した紙には彼女の好きな男性アイドルの名前を書いておいた。
戸惑いの表情を見せた芳美だったが、無言でその紙を食べはじめた。恍惚とした表情を浮かべ、ぐじゃぐじゃと咀嚼する彼女の顔が、私の脳裏に今でも焼きついている。
結局ダイエットに失敗して丸々と太ってしまった芳美は授業中、勝手に教室中を走り出したり、いきなり悲鳴を上げたりなどの奇行が目立ちはじめ、しだいに学校に来なくなってしまった。
それから数日後、彼女から一度電話があった。「やめられない、やめられないの。あんたがあんなもの、食べさせたせいで」と泣きつかれたが私にはどうすることもできなかった。芳美はその後、訳のわからないことを叫びながら家を飛び出し、失踪してしまったそうだ。
そういえば、私の鼻が馬鹿になってしまったのはあの頃からだ。男性アイドルの名を書いた紙を食べる芳美の口から漏れる、あの臭いを嗅いだ時から……。
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