マンガには奇想天外な設定のものが多いですが、マンガ大賞及び手塚治虫文化賞受賞作の
『テルマエ・ロマエ』は、中でも、ユニークな着想が光る作品です。何しろ「紀元二世紀のローマの風呂設計技師が現代にやってきて日本の風呂を学んで帰り、それを模倣して栄達していくというのをシリアスギャグ風に描いている」(
“くまくま”さん)というのですから。作者はいったいどこからこんな設定を思いついたのでしょうか。びっくりしてしまいますね。
しかし、この『テルマエ・ロマエ』は、文化の問題を扱っているが故に、ギャグマンガでありながら複雑な読後感を残す作品でもあります。
“クーニー”さんは「異文化交流・温故知新とか、そういった、ありがちな言葉では収まりきらない、著者の古代ローマへの尊敬の念を、深く感じてしまう作品である」と書いておられます。主人公の行動からは、職業を通じて国家を担うという自覚が感じられますが、市民が政治参加に積極的だったと伝えられる古代ローマの気風がそうさせたのかもしれません。但し
“yukkiebeer”さんは、「皇帝に招へいされたルシウスが過敏性腸症候群を患うところなどもまさにサラリーマン的です」と、国家に奉仕する主人公と会社に奉仕する現代日本人の類似性を指摘されています。どちらも悲哀に満ちた存在であることは確かですね。一方、
“コーチャン”さんは「垢すり、銭湯の風流な壁画、風呂上りの冷えたミルク飲料、風呂場のマナーを記した掲示板等々、日本人ならではの細やかな感性が生かされたアイディアには、ルシウスのみならずわれわれも、新たな感動をおぼえる。これは、失われつつあるわが国の風呂文化のよさを、ローマ人の目を通して再認識させてくれる本と言っていいだろう」と書いておられます。銭湯には日本の庶民文化の良いところが凝縮されている面があると思います。
“みす・れもん”さんは「突然現れた言葉も通じない外国の男に対して、ここまでフランクに付き合えるものだろうか。それも『お風呂』という場所ゆえのことなのかもしれない」と書かれています。裸のつきあいが心をも裸にする、風呂は時代も国境も越えるのでしょう。
読み比べてみると、とにかくいろいろな解釈があって面白い。どんなナンセンスも許されるマンガという表現の特質が、多種多様な切り口による読み方を許すのでしょう。その底には、どんな状況下にあっても、人は最後にはわかりあえるという、作者の楽天的な人間観が流れているように思われます。まだまだ続く作品のようですので、これから寄せられる書評も心より楽しみにしたいと思います。
<2012.2.3 オンライン書店ビーケーワン販売部 辻和人>