| 加門七海インタビュー |
――昨年に引き続いて、最近、刊行された御著書についてお話をうかがいます。まずは短篇集『鳥辺野にて』。
加門 以前、同じ光文社文庫から出した『オワスレモノ』は現代もののホラー短篇集だったので、今回は時代がかった短篇というくくりで、主に「異形コレクション」のために書いたものから選んでまとめました。私はこういう時代ものというか、幻想小説っぽいものも好きなので、書いていて楽しかったですね。「菊屋橋」という作品を一篇書き下ろしで加えています。
――いちばん思い入れがある作品は、どれでしょうか?
加門 思い入れではないけど、書いていて楽しかったのは「阿房宮」かな。自分でも馬鹿馬鹿しいなと思いながら書いていて(笑)。「菊屋橋」も時間がないなかで書いた割には、みなさんに面白いと言っていただいたので印象が強いです。
――「菊屋橋」は、どのくらいの日数で書いたんですか?
加門 3~4日でしたね。合羽橋周辺の地図と首っ引きで書いて、時間的には辛かったですけど。時代物を書くときには、時代考証は調べられるだけ調べて書かないと、気が済まないんですよ。この本のなかに入って売る「赤い木馬」なんか、書くために「浅草ルナパーク」の本も二冊買いましたし、「菊屋橋」のときには結局、実際にその場所に行ってしまいましたしね。地元から近かったので、取材ができたのはよかったかな、と。短篇でも、時代物は時間もお金もかかるんで(笑)、その分、全般的に思い入れも強くなりますね。
――『怪のはなし』は、今まで実話本については「語り」にこだわってきた加門さんが、初めて「書く」ことで怪談実話を表現しようとした画期的な作品ですよね。集英社のWEB文芸RENZABUROに連載されていたものがもとになっているわけですが……。
加門 「語り」には目の前の人に話す楽しみがあるんですが、聞き手によって、話のウェートが若干変わってしまうんです。話している間、この人はこの部分を面白がるんだな、というのがわかってくると、どうしてもその人に合わせてしまう。私的にはここがツボなんだけどこの人はそうじゃないんだな、とかね。それで変化する部分がある。ところが、文章にした場合は「ここを言いたい」と思う部分をストレートに出せるんですね。改めて新鮮みを感じました。
実体験の話を書くことを躊躇していたのは、自分のなかで一度咀嚼した話なので、怖くならないんじゃないか、という危惧がずっとあったんですよ。けど、実際書いてみたら、それは杞憂だったようです。
そういう意味では、自分で体験したことを自分で書くことに自信が持てましたね。
――細部の描写については、さすがは小説家の手になる実話怪談だと思いました(笑)。福澤さんも同じく小説家でありながら実話もお書きになっていますが、福澤さんがリアル志向でなさっているところを、加門さんは御自身の体験だからだと思いますけど、内面描写へグイグイ入っていきますよね。そこがとても新鮮でした。
加門 とくに記憶の話や、霧の話は、語っても怖がってくれる人はあまりいないかもしれないけど、自分としては気持ち悪いし、怖い思い出です。そういう話は本人が書く以外、伝わらない部分があるなと思いましたね。
それから、自分としては、この本に使っている写真がぜんぶ自分で撮った写真だということが自慢というか(笑)。とくに写真に思い入れはないんですけど、それなりに評価されたということで。
――いつも加門さんが見せてくれる写真は心霊写真ばっかりだったので(笑)、こういう芸術写真もお撮りになるとは意外でした。
加門 芸術写真じゃないですよ。旅先で撮ったりした写真ばかりです。
――構図も決まってるし。さすが美大卒!(笑)
加門 写真を褒めてくださる方が多かったのは嬉しかったです。表紙にまで使っていただいて。
――ちなみに、このなかに心霊写真は一枚もないんですか?
加門 一つだけ写っているのがありますね。探してみてください(笑)。
――今も、RENZABUROで連載中なんですよね。
加門 『怪のはなし』の続きではないです。引っ越しのドタバタ体験談ですが、そこにオカルト的な怪異現象や、風水にうるさい人間がどうやって家を決めていったかという蘊蓄も入ってます。単行本になるときには、風水などの側面から、不動産をどうやって決めるか? という本になるのかも。
――それはまた実用性の高い本になりそうですね。実用的といえば最新刊『お祓い日和』も、実用的な意味でも大好評のようですが。
加門 30年前の日本人だったら、こんなことはわざわざ本を読まなくても知っているだろうということが8割くらいを占めている本だと思うんですけどね。
――ノリとしては「おばあちゃんの知恵袋」ですね(笑)。心霊ばあちゃんの知恵袋……。
加門 そうそう(笑)。ラッピングはいまどきを意識していますけど、内容は、古い年中行事のことが書いてある本と大差ないと思います。精神世界やお守りが好きな人たちに向けて、ニューエイジ的な、外国から来た新しいものに目をやらなくても、日本の古いもののなかにこれだけ豊かなものがあるんだ、と伝えたかったんですね。
――女性誌に連載された原稿が、そもそもの出発点になったそうですね。
加門 「Domani」で厄年について連載したことがあったんですが、「祝詞」にルビが振ってないと、ここの読者は読めないと編集部から言われまして(笑)。ああ、一般の人は、こういうひとに関する基礎知識が本当にないんだなと痛感したんです。結局、人気が無くて、早々と連載が続かないことがわかってからは、読者は無視して、陰陽道の話を書いていましたけどね(笑)。厄年の計算式を本邦初公開したんですけどねー。残念でした。
その後、「ダ・ヴィンチ」で連載が始まって、基礎の基礎を書こうと思ったのが『お祓い日和』になりました。日々の生活の中で実践できることが書いてあるので、ぜひ、参考にしていただきたいですね。
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| インタビュー=東雅夫/文=タカザワケンジ |
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